橘玲ウォッチャーである僕としての感想。



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橘 玲
新潮社
2016-04-15



貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する (講談社+α文庫)
橘 玲
講談社





今までの単なる焼き直しで新しい知見はないな。

でもずっと橘玲を追いかけてきた人間としては感慨深い事もある。

僕自身は作家でも何でもないんだけど、このゆるいブログを読んだ人に直接あって話すと昔書いたことを言われることがある。

自分自身は結構覚えてないんだよね。

それと同じで橘玲も意識することはないのかもしれないけど、俺自身は非常に感じることがある。

橘玲は作家として全部出し尽くした出涸らしになったという事。
(褒め言葉ですよ。あしたのジョー風に言えば「燃え尽きたぜ、真っ白にな」って感じです)
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預金残高が既に一生使えきれなくなった橘玲が書く投資論も、最早読者の琴線に触れる事はないという事。

橘玲の子供はもう大学生になったのか、彼自身がコミットする年齢ではないので彼が書く教育論もまた、結果論というか自分の経験(子供)が強く影響しているように感じる。

この本では幸福の条件を「金融資産」「人的資本」「社会資本」の3つの資本=資産のポートフォリオ最適化戦略として考え、そこから人生の8つのパターンを考察しています。それが「貧困」「退職者」「ソロ充」「プア充」「リア充」「お金持ち」「旦那」「超充」です。


俺が考える世の中に存在する超充ってのは、親が非医者のブサメン童貞が、実家が金持ちでない美人看護師と結婚した症例だと思う。

なぜなら「金融資産」「人的資本」「社会資本」でさえ相対的なものだから。

友達がゼロでも、結婚して子供2人ならそれだけで社会資本は満点でしょ。

人的資本は医者だから満点。

そして金融資産も預金残高が1000万、2000万の小銭にでも、元々貧乏なら「うちのお父さんは本当に頼もしい」と奥さんは喜んでくれる。



この本にも書いてあるけど、結果でなく過程が楽しいんだと思うよ。

親が非医者の場合。

医学部に入るという過程が。(人的資本)

貧乏人が富裕層になる過程が。(金融資産)

非モテがヤリチンになるって過程が。(社会資本)

おわり。