子供がいる人生といない人生といった場合。

子供が欲しかったけど持てなかった人生と、もし自分に子供がいたらっていう仮定の話を比べているだよね。

子供が欲しくない人がいる人生といない人生を比べることはしない。

コウノトリが運んでくるわけじゃないんだから。

まあ強姦されて望まない子を妊娠して、中絶しようと思ったら子供に愛着が湧いて出産した場合は、この「子供がいる人生といない人生」って仮定は成立するけど。

本題に戻って。

子供以前に結婚出来なかったのか。

不妊治療の末に子供が出来なかったのか。

でも話は違ってくる。

不妊治療の末に子供が出来なかったのなら、もう子供いたらという仮定の想像はしないほうが良いと思う。

そんな理由で、子どもが私立学校に通っているあいだも専業主婦のお母さんたちとはなんの接点もありませんでした。現在はパートナーと共働きしながら、お互いの仕事を調整して、年に3カ月は海外を旅行しています。もちろん、「生涯共働き」が目標です。

橘玲のように対等のパートナーと「生涯共稼ぎ」という人生はとても素敵だと思う。

それでも尚専業主婦に固執するから、不妊が悲劇になるんでしょ。

子供以前に結婚出来なかったのなら、それは結婚に対する条件を見直す。

結婚に対する価値観を見直す。

結婚における自分の持ち点を再度見直す。

これにつきると思うよ。

少子化対策で困ったいる日本国で、子供を産みたいと思う女性がいて、尚且つ結婚が成立しないってのは。

輸血を使えて手術すれば治る患者を、エホバの証人だからってみすみす見殺しにするような感じがする。

このブログは上の句で。

下の句はこちら。

最後に幸せになれる女性は

おわり。