今の中学、高校、大学の部活がどうなっているのか良く知らないんだけど。

俺は自分が学生だった時に、あの体育会系が嫌だったな。

下手くそな先輩に、年上というだけで敬語を使うってのは意味不明だとずっと思っていた。

猿山の集団なんだから、上手い奴、喧嘩が強い奴が偉いで良いんじゃね?と思っていた。

ここからが本題。

オックスフォード大学に通っていた学生時代、先生にこう言われました。「良い成績を取る学生は、本を読んで内容が理解できない時、自分が悪いとは思わない。著者が悪いと考える」。成功をめざすのなら、過剰なほどの自信をもって突き進むぐらいが良い、ということでしょう。良い論文は、ひとつのアイデアをつきつめて、「これがいいんだ」と主張するものです。「これもあるし、あれもある」と指摘するだけの論文は、二流にすぎませんよね。大学、あるいは社会に出てからは、自分の考えを、間違いをおそれずに自信を持って発信できる能力が求められます。


過剰なほどの自信、過剰なほどの選民思想。

馬鹿と天才は紙一重じゃないけど、抜きん出た結果を残す人はヤバイのが多いと思うよ。

俺も学生時代は根拠のない自信だけは売るほどあったんだけど、社会人になった後は自信も選民思想も持ち続けることは出来なかった。

車のスピードがある一定より早くなると恐怖を感じるように。

ある高さ以上になると本能で恐怖を感じるように。

只々、恐怖を感じてそれ以上は突っ込めなかった。

所謂、凡人だったということだろうね。

逆に言うと、学生時代から過剰なほどの自信、過剰なほどの選民思想がない奴もそれはそれでヤバイね。

おわり。