俺もこのスタイルが一番良いと思う。

「いいか、まず大前提として、30歳近くになっても無能、ということは、そいつはほとんどの場合、一生無能だ。改善することもあるが、まあ、稀だ。」

「だが、無能を責めても、敵を増やすだけで何一ついいことはない。仕事なんてものは、多少我慢しても、無能たちのプライドを維持してやるコストを払った方が、うまくいくんだよ。」

「あとな、成長を促すなんて無駄だからやめとけ。ほとんどの育成は、費用対効果が合わない。育つやつは、勝手に育つ。」


今とは時代が違うといえば違うだけなんだけど。

俺の外科医としての人生は、医局を辞めてから(今で言う後期研修医)このブログのU氏と同じプロジェクトマネージャーだった。
プロジェクトは一定の期間内に成果を出す、という厳しい制約があるため、無能の扱いを間違えると影響は甚大だ。だが、もちろんカネをもらってやっている以上、プロジェクトの失敗を無能な人物の責任にはできない。「◯◯氏が無能で、仕事が進みませんでした」という発言は考えられる限り、最悪の弁明だ。

野良外科医ははじめの一定の期間内に成果を出す、という厳しい制約があるため、仕事の出来ない同僚の扱いを間違えると影響は甚大だ。だが、もちろん手術をやっている以上、手術の失敗を仕事の出来ない人物の責任にはできない。「◯◯氏が無能で、患者は死にました」という発言は考えられる限り、最悪の弁明だ。
それゆえ「誰が優秀で、誰が無能か」をきちんと判定することは、プロジェクトの初期の大事な仕事の一つであった。

それゆえ「誰が優秀で、誰が無能か」をきちんと判定することは、手術のできる環境を作る大事な仕事の一つであった。
「そもそも、全員が有能でなくとも、回る仕組みを作るのがリーダーだろうが。それをやっているだけだ。」

「そもそも、全員が有能でなくとも、アウトプットに対して責任を持つのが執刀医の仕事だろうが。それをやっているだけだ。」

昔は野良外科医ってのが結構いたんだけど、教育するとか、育てるとか言っていた外科医は皆外科医を卒業して違う形態の医者の仕事をやっているよな。

今で言うところの、野良のくせに意識高杉。

場末病院で教育なんか無理なんだよ。

良く、場末病院とはどんな病院ですか?と聞かれることがあるんだけど。

場末病院でないちゃんとした病院とは、医師を含めたパラメディカルの育成が機能している病院。

場末病院とは、野戦病院と同じでそこにあるもので出来る限りのことをやるだけの病院。

おわり。