整形外科医のゆるいブログ

一応,現役の医者です。 ユルイ日記ですが。 ヨロシク<(_ _*)X(*_ _)>ヨロシク。

2012年07月

サマーレスキューと黒の女教師

TBSとテレビ朝日のドラマだけど、この2つの脚本はなんとレベルが低いんだろうな。


サマーレスキューは医療ドラマとしては、類を見ないレベルの低さだし。


黒の女教師の善と悪の対比が、小学生の作文レベル。


救いは、黒の女教師の竹富聖花っていう生徒役の子が可愛かった。


今放送しているドラマではリッチマン、プアウーマンが面白いと思うけど。


女性的頭の悪さが国を滅ぼそうとしている

女性的と言っている以上、女性のことだけを指しているわけでなく。


かつて男性的頭の悪さが国を滅ぼしそうになったこともあるんだけど。


いじめについての続き 内田樹

http://blog.tatsuru.com/2012/07/13_1032.php


教育は競争の装置である 池田信夫

http://agora-web.jp/archives/1473514.html


原発反対運動もそうだけど、内田樹のような女性的な頭の悪さが今日本を滅ぼそうといるな。


今の日本は、子供が小学4年生の子供がいる夫婦みたいなもんだよ。


子供にお受験をさせるのか、習い事をさせるのか、自由に子供の自主性を重んじるのか。


夫婦が議論している状態。


女性って、女性的な優しさを得た代わりに。


大局観と確率という概念をないした状態。


男性って、大局観と確率という概念を得た代わりに。


優しさや共存っていう概念をなくした状態。


こんな感じで使ってます。


内田樹のブログによると毎年200人も子供って自殺してるんだね。


でも毎年2万人自殺している男性の内、半分は経済的な理由で自殺しているわけだからさ。


競争はなくならないし、負けは死なんだからさ。


子供がいじめにあったら、即効で転校させて逃げるべきだと思う。


そして時間をかけて喧嘩という体力勝負でなく、自分の得意な分野で金という最も力があるものを得るための準備をさせてあげるのが親ができる唯一の方法だと思う。


いじめはなくならないよ。


いじめなんか人間の遺伝子レベルでプログラミングされているものなんでしょう。


戦争がなくならないのが、生き物の中で最も残虐で。


その残虐性が人間を生き物の食物連鎖の頂点にした遺伝子なんでしょう。


金こそ全ても読んでみて。

http://ameblo.jp/randtkikaku/day-20120717.html


金こそ全て

このブログは下記のブログに対する感想文です。

まずは読んでみたください。


格差社会待望論 辻元

http://agora-web.jp/archives/1472818.html


現在の日本の閉塞状況を打破するには、機会平等を維持しながら、年功序列などの行き過ぎた結果平等を排除し、国民が自立することが必要なように思う。

多くのご批判を受けると思うが、敢えて、格差社会待望論を主張したい。

著しい個人の能力差

私は、長年、大学で数学教育に携わって来た。 その長年の経験で、痛感するのは、個人の素質の違いが非常に大きいということである。 実際、1年生から4年生まで、良くできる学生は殆ど入れ替わりがない。そして、学生とゼミで接するようになると、それぞれの学生が、どこまで伸びるのかは、凡そ推測が付く。 その位、抽象能力や、論理能力に個人差が大きく、正直、残酷だと思うこともある。 梅の木は梅ノ木であり、松に仕立てることはできない、というのが私の長年の教育経験の実感だ。  

実際、9歳で大学に入学し、24歳でUCLAの教授になったテレンス・タオ(Terence Tao)のような例もあるように、この分野の能力差は非常に大きい。

但し、早熟な才能の開花が必ずしも将来を保障するものではない。 たとえばRuth Lawrenceは10歳でオックスフォード大学の入学試験に合格した秀才だが、その後の彼女の業績は、その秀才ぶりからすれば、かなり物足りない(現在はイスラエルの大学の准教授である)。これは、個人個人の伸びしろにも大きな差があるということだ。 

これ程、高レベルの話でなくても、大学レベルの数学となると、誰もがマスターできるわけではない。 これは、一般人が、宙返りが出来ないのと、同じことだ。 個人の持つ、素養を見極め、できることを伸ばすしかない。
数学に限らず、プログラミングの技能など、他分野でも、個人の能力格差が大きい。

しかし、優れた人材の層は非常に薄くなってきている。 先週、出張したイギリスの学会で、東京大学理科2−3類の学生250人の微分積分の演習を担当する助教の知人に聞いた話では、彼が「できる」と思う学生は1人しかいないという。 実際、現状では、京都大学など超一流国立大学の数学科でも、線形代数と微分積分さえ一人前に出来れば、大学院に進学できる。そのくらい人材の層は薄い。 

いや、それどころか、もっと広い分野を見渡しても、現状では複素数の理解できていない電子工学科の学生、重積分が理解できない、機械工学の学生、まともな文章の書けない文学部の学生も、一流大学ですら稀ではない。 少子化もあり、優れた人材の層は確実に薄くなっていることを、日々、ひしひしと感じている。 正直に言えば、高スキルの労働力となりうる人材は、大学生の1%程度しかいないというのが実感だ。

こうした教師の目から見た、著しい能力差は、彼らが社会に出た際に、きちんと評価され、待遇面で考慮されているだろうか。 

高スキル人材の活用の必要性

こういった個人の能力差が、きちんと把握され、活用されているかというと、少なくとも日本の社会では極めて疑わしい。多くの企業で、まだまだ年功序列的な給与体系が維持され、これが、日本経済の発展に大きな障害になっている気がしてならない。 優れた人材が存在しても、生かされずに埋もれてしまっている例は少なくないだろう。

格差の拡大を懸念する声は理解するが、現在はグローバル化と情報化によって、労働の二極化が進行しており、ごく一部の高スキルを必要とする労働の価値が非常に高くなる一方、大部分の仕事の価値が低下している。 つまり、高スキルを要する仕事の出来る人材の希少性が高くなっているので、こういった人材には高い給与を払わないと、社会が停滞することになる。これが、グローバル化、情報化による格差の拡大の原理である。

しかし、日本の社会を見ると、こういった希少な高スキルの人材に対し、十分な待遇をしているとは言えない。 給与などの待遇の格差を大きくすることは、社会を不安定化させる心配もあるが、正直なところ、現在のような、人に優しい日本の社会を維持することは、最早不可能なのではないだろうか。 

教師の私の目から見て、優れた学生と、凡庸な学生の給与は、少なくとも5倍の差があってしかるべきだと思う。 それが社会的に正当化できないとしたら、社会が人材を有効に活用できていないからとしか考えられない。

行き過ぎた結果平等が日本を滅ぼす

現在の日本の政治状況を見る限り、多くの日本人は、かつてのバブル崩壊以前の一億総中流社会の再来を望んでいるようにみえる。 しかし、1000兆もの政府債務を抱え、急速な高齢化が進行し、基幹産業であった製造業が急速に国際競争力を失いつつある現状を見るとき、これは全く実現不可能な夢を見ているようにしか、私には思えない。

グローバル化と情報化は、経済成長を牽引するのは、一部の高スキルの労働力であり、平均的に優れた労働力は意味を失いつつある状況を作り出した。 我々は好むと好まざるとに関わらず、この状況に対応してゆかなければならない。  

今のままの、日本独特の平等社会を維持しようとすれば、財政破綻が起き、国民の生活は破壊されるだろう。そして高スキルの労働力は、海外に散ることになろう。

格差を受け入れ、国民が自立することなくして、日本経済の復活はあり得ない。
 
(注)高税を受け入れれば、セイフティネットを維持することは選択肢である。











ここからが本文。

辻元氏のブログの趣旨は、優れた学生は凡庸な学生より5倍の給料を貰うことが正当であり、そうなってない日本社会は、高スキル人材を活用できていない。

5倍ってのは、辻元氏の雰囲気でそういってるだけで深い意味はないと思うけど。

辻元氏の論理性と幼稚性を感じる文章だよな。

僕自身は世の中は金だと思っている。

タイトルのように金こそ全て。

ホリエモンが言った「金で買えないものはない」と思想と同じ。

その思想が幼稚だと思う人はここで読むことを止めたほうが良いかもしれない。

話を戻して優れた学生という抽象的な表現ではなく、金を稼ぎだす新人なら。

民間企業は年収何億でも年収何十億でも払うと思う。

プロ野球選手の場合、契約金が1億五千万円でも巨人の高橋のような超有望選手には裏金として10億円以上の金が学生に払われているんでしょう。

辻元氏がいう高スキル学生は、学生の1%。

でもその高スキル学生の内、青色発光ダイオードのような発明をするのは万に一つ。

ノーベル賞級ではなくても企業に何十億の利益を出す成果を出せるのは1%の高スキル学生の内のまた1%なんじゃないの。

だったら企業は凡庸な学生の5倍も高スキル学生に払うことは出来ないよ。

それと現実の社会って、天皇のバイパス手術をして順天堂大学の天野先生みたいな出世の仕方が普通だと思う。

天野先生は3浪して日大の医学部だから高スキルってのはまったく当てはまらないけど。

それぞれの病院で実績と言う名の金を生み出し続けたからこそ、順天堂大学に招聘されて教授になり。

天皇の手術を執刀するまでになった。

金という実績を残し続ける社員を優遇しない企業があれば、その実績がポータブルで次のステージでも通用するなら(天野先生のように)必ずヘッドハンティングされるんじゃないの?

ポータブルでない能力ってのは、それは初めから能力じゃないんだよ。
玉の輿に乗った元美人ってのと同じでさ。

世の中金こそ全てだし、その金を生み出す人間は準神じゃん。

違う表現で言えば、辻元氏のように金を生み出さない人間が高スキル人間を優遇しろっては単なるポジショントークでしょう。






















東大に入ったけど。ああ無常を読んで。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35548


俺は伊東教官も過剰適応東大生も似た者同士だと思うけどな。


どちらも成功体験に基づく哲学をお持ちのようで。


一人は東大准教授になった成功体験に基づく哲学。


一人は東大入試を突破した成功体験に基づく哲学。


どちらも環境が変われば、その成功体験に基づく哲学が有効かは別問題だと思うけど。


例えば、伊東准教授が大学内起業して苦労したら今と同じ哲学を持ち続けるかは別問題じゃん。


でも学者として生きていくだけなら、今の哲学を変える必要がない。


東大入試を突破した成功体験に基づく哲学より、東大准教授になった成功体験に基づく哲学のほうが上に思えるけど。


別に上でなく、プロセスの何処にいるかだけじゃないのかね?


環境の変化に対応して、成功し続けた者だけが成功者なんだよ。


過剰適応東大生も、環境の変化に自分自身が対応しようと思ったとき。


また輝きを取り戻すかもしれないじゃん。


夢見たコストは大きかった。

政権交代という夢の代償は大きかったな。


というテーマでブログを書こうと思ったけど。


止めた。


でもあの時の高揚感はなんだったんだろうね。


妻からの「離縁状」

週刊文春6月21日号が「小沢一郎 妻からの『離縁状』」というタイトルで和子夫人が後援会関係者に書いたとされる手紙を掲載。

http://www.news-postseven.com/archives/20120626_123479.html


小沢一郎妻 バッシングで「疲れ果てたのでは」との証言出る

http://www.news-postseven.com/archives/20120202_83874.html

本当の所は関係者しか分からないんだろうけど。

小沢一郎の妻から「離縁状」は何だったか想像がついた。

あくまで想像ですから文責は負いませんよ。

小沢一郎に対する全方向からのパッシング。

小沢一郎の愛人と隠し子。

それによって和子夫人の精神は病んじゃったんだね。

だって妻からの「離縁状」は土建屋に生まれて、政略結婚した女のする行動じゃないもんな。

つまり、小沢が放射能を恐れて岩手に行かなかったなんてのは嘘。

妻からの「離縁状」自体が嘘。

でも小沢一郎が民主党を離党したけど、彼は本当に過去の人になったな。

小沢を消そうとアメリカ、記者クラブ、官僚などが一体になっても小沢を消すことは出来なかったのに。

最後のトドメが妻からの「離縁状」だからな。

メンタル的に弱い相手を結婚相手に選ぶと人生悲惨だなと思った。

豪腕、最後の大物政治家と言われた小沢一郎の最期は、カッコ悪い男の終わり方になったな。

豪腕、最後の大物政治家の最期に相応しいのは腹上死とかだもんな。



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