整形外科医のゆるいブログ

一応,現役の医者です。 ユルイ日記ですが。 ヨロシク<(_ _*)X(*_ _)>ヨロシク。

2013年08月

運命共同体

昨日の半澤直樹をみて思ったんだけど。

半澤直樹人気の一つは、半澤直樹が持っている銀行に対する運命共同体への憧れがあるんじゃないの。


少し前の日本人はなにかしらの運命共同体に属していた。


でも80%ぐらいの日本人は現時点ではどの運命共同体にも属してないんじゃね?


あなたにとって運命共同体と言える存在はありますか?


一部上場企業の正社員にとっての会社。


専業主婦にとっての旦那。


専業農家。


くらいしか思い浮かばない。


非正規社員が雇用されている組織を運命共同体としては思っているとは思えない。


共稼ぎの夫婦がお互いを運命共同体として思っているとは思えない。


離婚が事実上禁止された時代は、夫婦が運命共同体と言えた時もあったかもしれない。


夫婦はパートナーではあるけど、決して運命共同体ではない。


そして親子は運命共同体じゃないよ。


だって親にとっては運命共同体と思っても、老いた両親の面倒をみない子供は一杯いるから。


それは単なる依存というか幻想。


話を戻して、半澤直樹にとっては組織(銀行)を守ることのほうが法律を守ることより上位に来てるんじゃないの。


彼にコンプライアンスがあるか?


コンプライアンスなんかいう頭の悪そうな概念は、守るべき掟がない運命共同体に属していない人間をコントロールする手段なんだけど。


この関係をごっちゃにしている人間が多くないか?


運命共同体の掟とコンプライアンスの違いをごっちゃにしている人間が。


おわり。












2008-10-06 バレる理由は3つとも同じAdd Starnsoderland103low-k

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081006

まったく同じ構造ですね。あまりにきれいに同じ。


(1)食品偽装

ここ数年、やたらと続いたのが食品会社のスキャンダルです。赤福や白い恋人などの菓子メーカーから、吉兆などのレストラン、その他、食肉加工業者まで、「客の残した食材を使いまわし」「回収品を再利用」「実は国産品じゃなかった」などがバレて告発、報道されています。

大半のケースで「不正は十数年にわたり行われており・・」とのことだから、決して「昔はなかった偽装が今は増えてきた」わけではありません。単に「昔は偽装がバレなかったが、今はバレやすくなっている」だけなんです。


なんでバレ易くなったかといえば、不正を知りつつ働いていた人たちが、昔は「みんな正社員だったが、今は大半が非正規雇用や派遣社員だから」ですよね。

いいこととは思いませんが、正社員にはその会社の“家族”として、会社を守ろうという意識があります。その代わり、会社は一生自分を守ってくれる。そういう信頼関係があって「長年続いていた不正」が見えてこなかったんです。

ところが今は、会社になんの恩義も義理もなく、むしろ「頭にきてる」という人がたくさん働いてます。しかもすぐに首にされる。


お一人様2万円以上という高級コース料理の食品が使いまわされていることを、時給800円で使い倒されたあげくに虫けらのように解雇されたバイト社員が「隠してあげる」必要は全くない、ということです。だから内部告発により、どんどんこういったスキャンダルが明るみに出るようになった。

会社が、会社と人生をともにしていた社員だけで経営されていた時代には「バレなかった」ことがね。



(2)社会保険庁

これも、報道されているほぼすべての悪行が「過去何十年も行われてきた」ことです。なのに、なぜここ数年だけあれやこれやとバレはじめるのか、不思議に思いませんか? ここまで無茶苦茶なことが行われていたのに、数年前まではまったく明るみに出ず、隠されていた理由は何なのか?

民主党の議員が調べたから明るみに出たのだという人がいますが、それは余りにおめでたい見方です。民主党の議員に“全部教えてくれる人”が出てきたから、バレ始めただけです。で、そんなの教えてくれるのは誰?


簡単です。社会保険庁の内部者というのは、労組の人なわけです。彼らは過去どんな不正が行われてきたか、全部知ってます。てか、それを実際にやってきたのも見逃してきたのも彼らなのだから。

ご存じのとおり、労組は民主党の最大の支持基盤です。一方で「自民党&官僚」軍団は、社会保険庁から(民主党を支持する)労組を排除しようともくろんだり、社会保険庁解体まで推進しようとしています。


今、社会保険庁の悪事や悪行がバレればバレルほど、これまでずっと政権を担ってきた自民党が叩かれます。民主党はそこを攻めれば、支持が高まります。つまり、自分たち労組が支持している民主党が得をする。

社会保険庁という組織と、労組という労働者団体が一生の命運をともにしていた時代には決して明るみにでなかった悪しき慣行が、事細かに世間に開示されるようになった。最初の事例とまったく同じ構造です。



(3)相撲の八百長

この話だって今初めて問題になるような新しい問題じゃないですよね。でも、当事者の証言がおこわなれる裁判は“今初めて”なんです。

リークしたのは“大麻で首になった外国人力士”ですね。彼に言わせてみれば「六本木の夜なら誰でもやってる大麻で俺を首にする一方、国技とかいって大きな顔をしている相撲界って、八百長だらけやん」みたいな感じなんじゃないでしょうか。

「俺の首を切る、あんたらだけが正義の味方かい?」「なんか変じゃね?」と。

これも力士と相撲協会が“国技たる相撲界のメンバー”という虚構的人生を共有していた時代には決して「バレるはずのない」ことだったわけです。



3つとも、「その組織を運営するための人」を大事にしなくなったから、簡単に切ろうとするから、悪行の内部告発=内部リークが起こるわけです。

悪いことをしてずうっと隠したいなら、それにかかわった人は「一生めんどうをみる」ことが必要なわけ。

正社員だろうと力士だろうと、いったん不正を見せた人は一生抱え込むしかないわけです。簡単に“手切れ”はできないと思うべき。

愛人だって関係が続いてる間は週刊誌に手記を売ったりしません。だからマフィア系ギャングだと「組織から抜けるときは命はないものと思え」を徹底する。



不正を共有した“仲間”を平気で切る。

だから不正の発覚がとまらない。

おんなじ構造だな〜と。



ただ、反対から見れば、派遣社員であれその他の非正規雇用者であれ、「本丸に外部者が入り始めた」ことは結果として“ガバナンスの監視機能”という「別のメリット」をもたらしはじめた、とも言えるんだよね。

つまり非正規社員って、「正社員では持ち得なかったパワーを持っている」ともいえるわけです。



んじゃ。


経済成長による再分配

経済成長による再分配を多くの政治家が言っている。

よく覚えていたほうが良いよ。

こいつら全員が詐欺師だから。

経済成長による再配分を行うことは絶対に絶対に出来ない。

自分が当選するために、その結果日本が衰退することを見て見ぬふりする政治家は犯罪者なんだって。

日本の政治家には誰ひとりとして今すぐに再配分の再構築、世代間格差を是正を訴えている人間がいない。

政治家だけに徳を求めても、自分はどうかと言われれば恥ずかしい限りだけど。

「武士道」解題 李登輝


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中学一年ぐらいの学校の授業で、週に一度一年間この本の解説を教師がするってのはどうかね?

どのみち、日本は一度リセットされちゃうんだけど「武士道」解題を読んだ生徒のうちから本物のリーダーが生まれるかもしれない。

ゴールデンタイムを過ぎた日本人には難しいよね。

自戒を込めてだけど。

おわり。

高成長より公平性の確保を

http://agora-web.jp/archives/1553991.html

政府は借金漬けで、最早、国民を豊かにする術を失っているわけで、経済成長による再分配は、もう諦めるべきだ。

従って、これからは、本当に困った人に再分配を行うシステムの構築や、物質的に貧しくなっても公平性だけは保てるような社会にすることが求められる。 財政再建を先送りすれば、財政破綻の可能性が高まる一方、財政破綻は避けられたとしても、将来の増税が大きくなり、世代間の格差は耐え難いものになるだろう。

また雇用に関しても、今後、二極化が一層進み、所得格差の問題も深刻になると思われる。 フランスの週35時間労働のように、経済成長より雇用の確保といった考え方も参考になるだろう。

何れにせよ、日本が今目指すべきは、高い経済成長ではないことは明らかだ。



ブラック大学

http://ameblo.jp/randtkikaku/entry-11586917089.html

で大学教授ってのは糞だって書いたけど。


搾取する側が悪いのか、搾取される側が馬鹿なのかは。


鶏が先かタマゴが先か問題と同じで答えは出ないんだけど。


でもブラック大学とブラック企業を比べることは現実の世の中を角度を変えて考える事が出来る。


東北大の理学部ってのは、日本が技術立国としてやっていける源でしょ。


一方、ワタミは労働者から搾取する悪の帝国でしょ。


99%の国民にとってはそんな理解でしょ。


でも、ワタミと東北大の理学部の違いって何?


世の中が変わる発明、例えば抗生剤とかレントゲンとかインシュリンとか。


東北大がそのレベルの功績がある?


東大でも京大でもないでしょ。


世界を変える可能性はあるけど、変えたことはない。


可能性以外では、ワタミも東北大の理学部も全く同じなんだよ。


悪と正義は同じものなんだって。


そして時代によって、悪と正義は簡単に入れ替わる。


これと同じ論理展開で、一般大衆は世間的には正義なんでしょ。


馬鹿な政治家により、戦争で沢山の日本人が死んで。


でも今では一般大衆こそ、正義を振りかざして搾取する悪そのものだよね。


おわり。





http://getnews.jp/archives/389391


東北大学がブラック企業にノミネートされた。

俺は東北大学を今年卒業した社会人だが、覚えてる範囲で概略をつらつら述べてこうと思う。

俺がいたのは理学部のとある学科だ。そこでマスターまでとった。

修論を書いてる時は心労でマジで死ぬかと思った。何度か理学部にある総合棟から身を投げそうになった。

今から話す内容はあくまで一部の事である。特定を避けるためにあえて抽象的にしてある。すまない。

ブラック企業に選ばれた理由を理解してもらう一番簡単な方法は深夜、何時でもいいから東北大学のキャンパス、特に山の上と呼ばれる青葉山付近に来てみることだと思う。

いくつかの研究室に明かりがついている。しかも、決まって同じ部屋に。

東北大学のすべての研究室がブラックということではない。特定の研究室がブラックなのだ。

しかし、そのブラック研究室の労働環境は想像を絶する。

土日も来るのは当たり前、深夜12時を回っても帰る学生がいない。つまり、週七日フルで働くわけだ。

言葉で書くと簡単だが、実際にやってみると相当きつい。行方不明になる先輩を何人も見てきた。

体調が悪くなっても学校に出てくることはざら。休むとそこで実験がストップする。その影響で実験動物やサンプルが死んでしまうわけだ。そうするとさらに実験は後退する。

そうして体を壊してしまう人も何人もいる。

全体でみると8割から9割はそのまま卒業するが、残りの人たちはそういうブラック研究室に知らずに、もしくは夢を見て入ってしまい、大学を去らなければならなかった人たちだ。

そういう中で教授や准教授などはどうしているか。

当然彼らも同じような労働環境で働いている。(基本的に学生は教授らが帰ってからでないと帰れないが)

だが彼らは過酷な労働環境に対する耐性が強い。自分にできるのだから他の教員にも、学生にもできるという考え方を強く持っている。

その考え方と研究成果に対するプレッシャーがブラック研究室を生む。

研究室には進歩状況の発表がどこにでもあると思う。ブラック研究室はそれが圧倒的に厳しい。

そこで実験をしていないと思われる学生(つまり他の人と比べて早く帰っている学生)がつるしあげられる。

そこでまず実験能力について否定される。理学部を選んだ学生は大なり小なり研究者になりたいという夢を持っている。

それをまず徹底的に否定される。研究室においては先生方の言うことが絶対だ。

そして次に人格否定が入る。それを食らって心が折れない学生は少ない。

では実験をしていれば大丈夫かと言うと、そうでもない。研究成果が出なければつるしあげられる。

結局、運よく研究成果が出るまではつるしあげられるのだ。

俺は自分の大学しか知らないが、少なくとも、毎年一人、博士課程の学生が死んでいる。そして学部でも修士でも死ぬ人がいる。

それはほとんど報道されない。大学がもみ消すこともあるし、遺族が公表したくないということもある。

震災の後処理で死んだ人も結構たくさんいた。研究室だけではなくサークルでも。

人が死んでることは、ブラック研究室によって洗脳されている俺たちにとってはさほど大きく響かない。

それよりも研究成果を出さなければ自分が社会的に死ぬことが本能的に分かっているからだろうか。

次は自分かも。死への欲求は甘く、現実はあまりに辛い。そういう風に思っている人が結構いると思う。

そもそも今回の話が大きくなったのは働いている教員が亡くなったからだ。

大学内で自ら死を選ぶ学生については大きく取り上げられない。未来を担う人材とか言っておきながらだ。

大学にいたころに筑波大なども同じような状況だと聞いた。どうあっても逃げられないという感覚があるからだろう。

学生は学位を人質に取られている。教員でも自分の将来を人質に取られている。

そこに過酷な労働環境とプレッシャーが追い打ちをかける。この世はすべてが研究成果で測られる世界だと。

実際にそういうことはない。それはあくまで一部の価値観である。俺は社会に出て、そうではないと気付くことができた。

だがしかし、そこにいる学生や教員にはそうは思えない。なぜか。新興宗教の洗脳に近いことが日常的に行われているためだ。

大学の中ででき上がった(アカデミックに)優秀な学生は今度は教祖となり同じような行動を繰り返す。

そうするとどんどん似たような研究室になっていく。

当然今はまともな研究室のほうが多い。あくまで一部だ。

だが、俺は数十年後には日本にブラック研究室しかなくなっていると思う。

このような再生産が日常的に行われているためだ。しかもたちが悪いことに人より働く量が多いから成果も出て、優秀な人間だと思われる。

大学の教員は研究成果がすべてだ。教育能力について問われることはないし、「大学は自ら学ぶところ」という体の良いいいわけまである。

ブラック研究室にいるという自覚のある学生は速くそこから脱出したほうがいい。

教員は「博士にならないと十分じゃない」だとか「今ではむしろ博士のほうが就職がいい」だとか言ってくるだろうが、

命をはかりにまでかけて、とる価値のあるものなのかもう一度よく考えろ。

仮に俺に子供ができたとしたら、果たして理系の大学に進ませるだろうか。死んでしまうかもしれないリスクを冒してまで。

当然、研究の楽しさもある程度知っているつもりだ。だがそれとはたしてトレードオフしてもいいことだろうか?

俺には分からない。

そしておそらく、ブラック研究室の教員はこの文章を読んで鼻で笑うだろう。

追記 7・7

元増田です。

ここに書いたことには特定されない程度のフェイクを入れてあるが核となるような労働環境についてはうそを書いていない。

こういう事例を見たことがないというのはよほど幸せな環境にいたのだろう。これは実在する研究室群の話だ。

ブラック研究室ばかりになってしまうというのはとある研究室の門下がブラック研究室を生み出し、さらにそれがネズミ算的に増えているのを見たためだ。

この話では実験系を念頭に置いている。理論系でも似たような例はあるのかもしれないが、残念ながらそこには詳しくない。

理不尽さがないように攻めてくる研究室もある。トラックバックにガチガチの正しさだけで攻めるのが一番つらいと書いてあったが、まさにその通りだ。

そういう研究室も含めると数はもっと多くなる。おそらく教員は教育というものを何かはき違えているとしか思えない。

個人的には好きでやっている学生は好きな時間だけやればいいと思う。それを否定することはできない。

しかし、全員が好きであり続けることができるのだろうか?体を壊しても好きであり続けられるのか?

全員が研究を好きであるべきでそれに人生をかけるべきだという考え方を他人に押し付けるのが正しいのかどうか。そしてそういうことを正義として絶対視することはどうなのか。

そういうことをブラック研究室の人たちによく考えてほしいと思う。何かに専念することは美しいと思うが、それは他人に強制されるものではないと思う。


新富裕層 vs 国家

昨日、NHKの番組見たよ。


俺もシンガポールに行けるぐらいの資産と英語力があったら多分日本を捨てるなって思った。


でもこの富裕層に共感できる部分と共感できない部分がある。


共感できる部分は、なんで収入の半分も税金なんだよって。


なんで働かない奴のために自分の金が使われるんだよって。


最高税率が50%から55%になるのは、たった5%といえされど5%。


正直勤労意欲は著しく低下する。


共感できない部分は、エーベックスの社長のように年収が6億5000万なら税金払えよって思う。

(それに正義があるのかは不明)


それと日本の税制の不備があるなって思った。


日本国籍を捨てて海外に行く人間を止める必要はないと思う。


でもエーベックスの社長がシンガポールに行くなら、国籍を捨てた時点で相続税相当分を払わそうよ。


日本人としてはその時点で死ぬわけでしょ。


そして今まで稼いだ金は日本人として稼いだ金じゃん。


全てがエーベックスの社長の物じゃない。


エーベックスの社長が100億の資産があるとして、死んだ場合の相続税が30億ならエーベックスの社長の資産は100億じゃなくて70億でしょ。


30億は税金として納めてそれからシンガポールに行ってくれって。


そしてシンガポールのように机上の空論都市が何かあっても日本人国籍には戻れないようにする。


これが基本。


デイトレーダーが日本で1億を貯める。


シンガポールに行きたいなら行けば良いけど、その時点で日本人としては死ぬわけだから相続税相当の1000万は税として納める。


その後、シンガポールでその種銭を10倍にしようが、100倍にしようがその人の自由じゃん。


でも失敗したら日本人として戻ってこれないようにしないと。


シンガポールでレバレッジをかけまくり、失敗したら日本で生活保護じゃ話しにならないでしょ。


それと新富裕層ってのはアメリカ政府が産んだ鬼っ子だったんだね。


アメリカも少し前まで最高税率が70%だった。


日本だって80%だった。


年収3000万とか5000万とかは別に富裕層じゃないから。


それって普通の人の倍以上の時間を働く開業医や会社役員でしょ。


資産数億は別に富裕層じゃないから。


でも鬼っ子である年収数億で資産が数十億の新富裕層にはそれなりの新しい税制が必要なんじゃないのかね?


高額所得者と新富裕層とは違うものだと思うよ。


資産が数億程度のはした金でも、遺産となると話しは別。


大卒の生涯年収が2億なのに、それ以上の金を遺産で受け取るのは問題だよな。


相続税は上げる方向じゃないと整合性が取れない。


相続税は二重課税だとか言う奴がいるけど、実際は国際的な税制は国益の最大化をめぐる権謀術数の場で、道徳と説教で決まっているわるけではないんだって。

http://www.tachibana-akira.com/2013/08/6010


日本国籍を捨てて出て行きたい人には出て行ってもらう。


その時は相続税相当の金を置いていってもらう。


累進課税は50%が限界で、あとは消費税で賄う。


使わないで貯めるばかりのケチな金持ちには死んだ時にキッチリ金持ちとしての役割を果たさせる。


おわり。



http://zarutoro.livedoor.biz/archives/51820102.html


NHKスペシャル"新富裕層" vs.国家

さてNHKスペシャルで税金の高い国から富裕層がシンガポールやプエルトリコみたいな税金の安い国に逃げて来てフェラーリを乗り回してるよという話をしてました。

"新富裕層" vs.国家〜富をめぐる攻防〜

情報通信技術や交通機関の進歩で世界のどこにいても仕事が出来るようになった世の中ですから、まあ逃げる人は増えますよね。
そこでシンガポールみたいに税金を負けて富裕層に来てもらうという方針を採る国も出てくると。
しかし逃げられた国にとってみたらたまったもんじゃないので、国際的な締め付けが始まりますよという感じで締めてました。

まあ日本はともかく、アメリカを怒らせたらタダじゃ済まないでしょうね。
シンガポールぐらい力があれば抵抗もできそうですが、プエルトリコみたいな小国がアメリカに喧嘩を売るのはリスクが高いと言わざるを得ません。
いやプエルトリコはアメリカ合衆国の自治領だったような気がするので、税金が安いのも今のうちだけでしょう。

それで番組が終わった直後の番組宣伝にローラが出てきたんですが、ローラ父みたいな人が税金を騙しとったりするから富裕層も税金を払いたくないんだろうなと思いました。

モンスターペイシェント

整形外科は労災とか交通事故とかが多いので、金が絡むモンスターペイシェントは一杯ある科なんだけど。


でも小学生のモンスターペイシェントは珍しい。


親の教育が駄目なんだな。


こういうガキを担当している学校の先生が大変。


学級崩壊ってこんな感じなんだと思った。


公立小学校はオワコンだな。


私立小学校にある退学の手段がない。


クラスにこういうガキが一人いるだけでグチャグチャになる。


一番簡単な処方箋は、学校の先生に体罰を認めることだけど。


それを認めないなら、一日も早く法律を変えてこういうガキをひとまとめにしないと駄目だよ。


特殊学級じゃないけど、まともな善良な家庭の子供まで変になる。


もう遅いかもしれないけど、やってみる価値はあるんじゃね?


おわり。


パワーカップルとウィークカップル

高学歴の世界と低学歴の世界の溝で。

http://ameblo.jp/randtkikaku/entry-11591323740.html

この本ではパワーカップルを医者同士、東大卒同士、弁護士同士の結婚を例にだしている。

ウィークカップルは非正規雇用同士の結婚としている。

内容はタイトルから想像する程度の内容なんだけど。

現在の40代、50代の価値観と今の10代の価値観は全然違うものになると思うよ。

その一番の理由は、女性の高学歴化だと思う。

医学部の定員に占める女性の割合は30年前は1割だったのが今じゃ半分近い。

この本に書かれている通り、100人の医学部定員に対して90人の男性、10人の女性が30年前には入学して10人の女性は全員医師と結婚。

90−10=80人の残った男性医師を看護師やOLがゲットしている様が検証されている。

東大卒も弁護士も同じ。

玉の輿系女子が言う、「男性は自分より馬鹿な女のほうが好きなのよ」を完全に否定。

各論で言えば、今も未来も絶対恋愛強者の女性は存在はしていていとも簡単に玉の輿に乗るんだろうけど。

でも総論としては、医者、東大卒、弁護士の中の恋愛弱者を恋愛強者の女性が狩っていく症例が限りなくゼロに近づくってことを予想している。

もっとわかりやすく書くと、東大の男はブスで可愛げのない東大の女と、馬鹿だけど可愛い聖心の女をどちらを結婚相手として選ぶかって話。

この本の著者も俺もそう思うけど、鉄板で東大の男はブスな東大の女を選ぶと想うよ。

東大生の半分が女性になるまでは、こぼれ落ちてくる男子東大生は存在するだろうから、それ狙いでも良いんだけど。

それは医者も弁護士も同じ。

現在、高校生以下の女学生に言わせてもらえば。

高学歴女子の売れ残り伝説は単なる都市伝説だよ。

同レベル婚に完全収束するに決まってるじゃん。

格差は階級になり。

終身雇用、年功序列がなくなった世界で学校歴という自分の手札を可愛い女と結婚するために使う男性がいるわけないじゃん。

いるかもしれないけど、ゼロに近づくのは想像できるでしょ。

中高生時代は化粧の練習するよりは、勉強しな。

それがいい男をゲットする一番の近道だからさ。

おわり。



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http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%AB%E5%A9%A6%E6%A0%BC%E5%B7%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A-%E4%BA%8C%E6%A5%B5%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E7%B5%90%E5%A9%9A%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%9F%E3%81%A1-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A9%98%E6%9C%A8-%E4%BF%8A%E8%A9%94/dp/4121022009

内容紹介

格差が拡大し、二極化する日本の夫婦。その鍵を握るのは妻だ。女性と仕事の関係から未婚・離婚問題まで、データで探る日本の夫婦像。

内容(「BOOK」データベースより)

格差が拡大しつつある日本。家族の最小単位である「夫婦」もその流れに拍車をかけている。さまざまなデータに基づき、日本の夫婦の今を探ると見えてくるのは、夫の所得と無関係に働くようになった妻の影響力の大きさだ。医師夫婦に代表されるパワーカップルと、対極にある若いウィークカップルなど、興味深い事例を紹介。また、結婚できない人たちから、離婚、そして地域差まで視野を広げ、夫婦をめぐる格差を考える。



納得の「半澤直樹」論

「○○銀行」の銀行員であることに誇りを持てるのでなければ、銀行員人生は厳しい。
 また、銀行員は徹底的に「序列の生き物」であり、彼らの価値観にあっては「人事が万事」だ。人事に熱心で、肩書きを喜べる人でないと、銀行の競争に向かない。
 人事評価によって、いつどんな地位でどんな仕事ができるかが決まるし、最終的に到達できる地位、銀行にいられる期間、将来の出向先のグレード、将来貰える年金の額など、人生のほぼ全てが左右される。

さすがは山崎元ちゃん。


金融日記のドラマ『半沢直樹』の感想 ―銀行員たちは何を賭けて戦っているのか?

http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51977154.html

も合わせて読むと良い。


でもやっぱり銀行員は糞だと思うな。


白い巨塔じゃないけど、医局もそんな感じだったけど。


東大などの旧帝大の医局ならまだかつての白い巨塔の世界が残っているかもしれないけど。


地方の駅弁医科大学の教授なんか糞みたいなポジションだよ。


銀行員を目指すなら、東京三菱UFJ銀行か三井住友銀行が良いんじゃね?


日本の2大銀行で高い序列を保てると思う人材だけがいけば良いと思うけどな。


昔はそれ以外でかつ兵隊要員でも、高給、安定した雇用、社会的ステータスがあったから家族で人生を賭けても納得感があったのかもしれないけど。


東京三菱UFJ銀行、三井住友銀行以外で高給、社会的ステータスを維持できるとは到底思えない。


高給じゃなく、社会的ステータスも高くなく、仕事内容は糞。


止めた方が良いと思うな。


おわり。




http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130814-00000001-gendaibiz-soci


TBSのドラマ「半沢直樹」(日曜日、21時から)が大評判だ。8月11日に放映された第5話では、29%(ビデオリサーチ調べ。関東29%、関西29.5%)もの高視聴率を叩きだしたという。

 主人公の堺雅人の演技力と、人物設定の面白さがヒットの原因だろうが、このドラマは「銀行」を舞台としており、銀行の組織、銀行員の仕事と生活が詳細に描かれている。
 人事が命の次に大事だったり、形式張った会議が多かったり、旦那の役職が奥さんの人間関係にも影響したりといったサラリーマン経験のない視聴者から見ると、非人間的で「奇妙な職場」に見えるかも知れないが、概ね実際の銀行と銀行員がリアルに表現されているといっていい。

 このドラマを見て、「銀行で働くなんて、とんでもない」と思う若者がいてももちろんおかしくないが、一定割合の若者は、かえって銀行を志望するようになるのではないだろうか。ある種の若者は、ドラマ中の銀行員達が露骨に示す組織へのプライドを自分も所有したいと思うはずだからである。


*** 不向きな人が就職すると人生で回り道をすることも ***
 筆者は、仕事柄、就職前の大学生と接触する機会が時々あるが、就職希望について問うと、「金融を考えています。たとえば、銀行とか」と答える学生が少なくない。銀行に就職できると、親や親戚からの評価はもちろん、仲間内の評価も概ね高いようだ。

 しかし、就活の勝利と、職業人生の成功とが、必ず結びつくとは限らない。端的にいって、銀行に不向きな人が銀行に就職すると、人生で回り道をすることになったり、潜在的な力を発揮できずに人生を終えたりする心配がある。
 他方、社会に銀行というビジネスが必要であることは疑いようがない。誰かが、銀行で働いてくれなければ困る。



 銀行員には以下のようなタイプが向いている。

(1)勉強が嫌いでないこと
(2)ストレスに強いこと
(3)肩書きが好きであること

 金融業全般にいえることでもあるが、特に銀行では、融資先の業界や企業について調べる必要があるし、新しい制度や商品、金融市場などについて、継続的に知識を仕入れて仕事をする必要がある。
 学ぶべき対象は、経済、法律である場合もあるし、担当する業務によっては技術的な知識が必要な場合もある。また、銀行は書類をベースに仕事が進むので、書類作成が苦にならない文章力や表現力が必要だ。端的にいって、記述式の試験答案を書くのに苦労するような学生が銀行に就職すると苦労する。
 学校の勉強が直接役に立つ訳ではないが、成績は一つの目処になる。学業成績の悪い学生は、銀行を目指さない方がいい。

 ストレスに強いことは、どの職場でも重要だが、銀行に於いては格段に重要だ。お金を扱う仕事なので、顧客の理不尽、上司の理不尽に耐えつつ、安定して仕事をこなさなければならないし、組織の締め付けは厳しい。人事評価が一生にわたって影響するので、特に、上司に逆らうことは難しい。


*** 支店長に反抗的な態度をとることは現実の銀行ではあり得ない ***
 ドラマの中で半沢直樹は、会議中にあからさまに支店長に反抗的な物言いをしているが、ああいうことは、現実の銀行ではあり得ないと思った方がいい。

 また、他人に耐える種類のストレス耐性の他に、自分のやりたいことをせずに我慢したり、言いたいを言わずに我慢したり、といった「しないことの我慢」に対するストレス耐性が必要だ。



 世間を眺めてみると、こうした理不尽や我慢を、さほどのストレスとは感じずにこれらと付き合って、十分気分転換できる人もいるし、職場に嫌なことが一つでもあるとこれが気になって仕方がないストレスに弱い人もいる。

 これは、能力というよりは、性格の問題だ。この種のストレスは我慢できないが、能力があって、仕事がよくできる人もいる。こうした人は、自分で会社を興すなり、もっと自由な業界で働いたりする方がいい。
 勉強は「勉めて、強いる」と書くが、学業成績のいい学生は、つまらない科目でも自分に勉強を強いることができたわけで、ストレス耐性の点でも成績は銀行員適性の尺度になる。


*** 肩書き好きは「人事が万事」の銀行員向き ***
 肩書きが好き、というのは、所属組織やその中での自分の地位について、素直にプライドを持つことが出来る人という意味だ。「○○銀行」の銀行員であることに誇りを持てるのでなければ、銀行員人生は厳しい。
 また、銀行員は徹底的に「序列の生き物」であり、彼らの価値観にあっては「人事が万事」だ。人事に熱心で、肩書きを喜べる人でないと、銀行の競争に向かない。
 人事評価によって、いつどんな地位でどんな仕事ができるかが決まるし、最終的に到達できる地位、銀行にいられる期間、将来の出向先のグレード、将来貰える年金の額など、人生のほぼ全てが左右される。

 「半沢直樹」の第五話で、本部の営業第二部への栄転が決まった半沢の妻に対して、社宅の他の行員の妻達の見る目が変わるシーンが出て来たが、銀行員は、家族も巻き込んで、人事に全てを賭けて生きている。
 同期が100人いれば、銀行員人生をスタートした時点で既に、1番から100番まで評価の序列があると思っていい。この序列は、その後の仕事ぶりの評価や、人間関係などに伴う加点・減点で少しずつ動くが、この序列の持ち点こそが銀行員の財産だ。



 銀行の人事は、人事部によって中央集権的に管理・決定されている。人事部は、全行員の財産を管理しているといっても大袈裟ではない。かつて、第一銀行と勧業銀行が合併して第一勧業銀行が出来たが、合併後にも、20年間以上二つの人事部が並立していた。簡単に混ぜるわけには行かなかったのだ。

 銀行員に、同じ銀行の他の銀行員について質問すると、その人の、出身大学、年次、現在のポスト、それまでの経歴、出世の具合(同期の何次選抜で課長待遇になったかなど)について、淀みなく答えが返ってくるのが常だ。率直にいって、ブランド価値の低い大学から銀行に入ると、出身大学が一生重荷になる公算が大きい。

 銀行員は、銀行員以外のビジネスパーソンに対して、自分が銀行員であり、勤める銀行の行員であることを根拠にした優越感を持っている。
 ただ、この優越感には、自分の勤める銀行よりもグレードの高い銀行に勤める銀行員に対して、ほぼ無条件に劣等感を持つという弱点を抱えている。単純にいって、地銀の行員は、メガバンクの行員に対して、劣等感を持つ。強すぎる序列意識の副作用といっていいだろう。


*** 役員候補以外は50歳前後で第一線から外れる ***
 銀行に入る場合、銀行自体の序列と、銀行の中で自分が獲得できるであろう序列とを、冷静に分析し、選択する必要がある。
 筆者の学生時代に、大手の都銀に入ることが出来る所属ゼミと成績を持ちながら、敢えて、信託銀行を選んだ同級生がいた。彼は、「この銀行でなら、自分は十分な競争力を持てる(=高い序列を確保できる)」と考えたのだった。

 銀行という職場は、良い人材を多数抱えて、これを無駄に使っているように見える。
 20代の頃は自由時間を奪って大いに我慢をさせて、30代から40代前半にかけて本格的に仕事をさせるが、役員候補ないしはその少数のライバルを除き、大半の行員が50歳前後で出向させられる。簡単にいうと、第一線から外れるのであり、そのことを組織から宣告され、それが、人事の形に表れるのだ。人材の利用という点では、余力のある時点で使い捨てされる。



 しかし、二度目、三度目の出向まで銀行が面倒を見てくれるし(収入は更に下がることが多いが)、その後には手厚い年金も貰える。そして、人事はこれらの全てに影響するのだから、銀行員が組織としての銀行に逆らうことは容易ではない。
 尚、ドラマ「半沢直樹」では、「出向」が銀行員人生の終わりを意味する惨事であるかのように描かれていて、これを世の出向した元銀行員とその家族がどのような気持ちで見ているかは、少々気になるところだ。

 もっとも、出向して、銀行員でなくなり、年収も何割か減るとはいえ、出向先があることは銀行の強みであり、銀行の力が出向先のグレードに表れる。端的にいって、メインバンクとしての取引先を多数持っている銀行は、いい出向先をたくさん確保できる。サブ・メイン以下の銀行は人を送り込むほどの影響力を持てないことが多い。


*** 銀行における出向像は変化する可能性がある ***
 但し、筆者の希望も込めていうなら、銀行における「出向」像は、将来変化する可能性がある。出向した行員が、出向先の経営を改善するなどの実績を上げて、人事評価を上げて、再び銀行の要職に舞い戻るといったケースが頻繁にあるようになっていいのではないか。
 モチベーションの低い「終わった人」は受け入れる側でも迷惑だし、銀行にとって出向先の経営への関与が重要な案件が今後増えるだろう。「出向も一つの出世コースだ」という人事の道を作る必要があるのではないか。

 さて、銀行の仕事のスタイルに馴染むことが出来て、ストレスを強くは感じず、自分に似つかわしい「序列」にプライドを持てるなら、若者が銀行員になることを止めようとは思わないが、これから銀行に入る若者に、是非心に留めて置いて欲しいことが一つある。

 それは、「転職の可能性を常に念頭に置くこと」だ。



 銀行を含む金融の世界では、扱う対象がモノではなく、お金(実質的には情報)なので、勤め先を変えても仕事が出来る。金融業界は、他の業界に較べて転職が容易だ。

 証券や運用会社、あるいは外資系金融なども選択肢に入れて、自分が本当にやりたい仕事が何なのか、常に考えておきたい。幸い、30代の前半くらいまでであれば、銀行の人材に対する世間の評価はまずまず高いので、銀行を仕事のスキルを身に着け、人脈を作る場として利用する、と考えると、職業人生の可能性は大きく拡がる。

 他の銀行、あるいは外資系金融などでは、自分のスキルがどの程度通用するか、自分は金融業界人としてどのくらいの評価を得られるか、ということは、行内での人事序列とは別に常に考えておきたい。


*** 銀行はますますガラパゴス化していく ***
 但し、転職を考える場合、「次の人事で昇格できなければ、転職しよう」といった、銀行の人事に対して受動的な態度でものを考えない方がいい。チャンスは、自分に都合のいいタイミングで巡ってくるとは限らない。銀行の中にいると、どうしても行内の「人事が万事」という気分になってしまうが、世界はもっとダイナミックに動いている! 

 最後に、「半沢直樹」で描かれているような銀行の世間から乖離した異様な企業文化が今後どうなるのかだが、筆者は、これが解消されるよりは、いわば「ガラパゴス化」して、もっと先鋭化するのではないかと予想している。
 世間からズレた集団が、そのズレのゆえに、「純化」の方向に向かうことはよくあることだ。この予想は、当たるかどうか保証の限りではないが、銀行を目指す若者は、そうなった場合の覚悟を持って銀行に入り、立派な銀行員になって欲しい。


低学歴と高学歴の世界の溝を読んで

俺も低学歴の世界を知っているんだけど。


随分と前の話なので、下記のようなブログとは違うのかもしれないけど。


昔住んでいた東京の品川区は地方に住んでいる人間からすると、もしかしたら高級住宅地?って思うひともいるかもしれないけど。


風俗で有名な五反田のように一見すると下品だけど、少し裏の方に行くと超絶高級住宅地がある一方。


東京湾を埋め立てた団地が立ち並ぶTHE 低学歴の世界ってのが同じ区なんだよね。


俺は勿論THE 低学歴の世界の方。


一学年180人のうち、偏差値が50を超えている人間が50人しかいなかった。


こう書くとどの中学か分かる人には分かるかもしれないけど、その当時品川区の公立中学でナンバーワンに馬鹿だった中学が俺の中学。


今の学級崩壊と昔の校内暴力とは似ていて違うような気もするけど。


その当時、それが普通だと思っていたけど学区で一番の都立高校に入学したときは生徒がみんな上品な人間ばかりでビックリした記憶がある。


校内暴力もなければ、イジメもない。


高校時代にイジメとかしてたのは俺ぐらいだったしな。


世の中にはこんな世界があるんだなって思った。


学区で一番と言っても有名私立高校に比べると糞みたいな学力なんだけど、違う世界があるんだなって思ったよ。


中学時代に一軒家に住んでいる人間なんか数人しかいなかったのに高校の同級生はみんな一軒家なの。


住んでいる家が分譲マンションとかだと、ちょっと貧乏なのかなって感じだった。


中学時代は分譲マンションに住んでいたら金持ちって感じだったからな。


低学歴の世界の住人とはその後交わることがなくなったけど、今のFラン大卒で非正規雇用の時代とは違って彼らには長距離トラック運転手とか大工とかの求人が一杯あったので悲惨でもなかったんだけどね。


大学に進学するとまた高校時代とは全然違う高学歴の世界でビックリした。


今は知らないけど、その当時国立の医学部なのに定員100人のうちの半分は親が医者なんだよ。

(勤務医も含めてだけど)


狂った世界だと思った。


100人のうち、男子90人女子10人だったんだけど(もしかしたら定員は120人?)90人の男子の中で車を持っていない人間がゼロだった。


狂った世界だと思った。


卒業後、都内の私立医大付属大学病院に入局したんだけど。


そこは国立医学部が糞と思えるほど、金持ちの世界でビックリした。


上場企業の社長の息子や娘や。


時代が違ったらお姫様だったとか。


この辺になると教授はベンツのCクラスなのに、学生はフェラーリとかで狂った世界というよりは今まで勉強してきたのが馬鹿馬鹿しくなる世界だけどね。


低学歴と高学歴の世界の溝も深いけど、高学歴の世界と本物の金持ちの世界の溝は繋がってないからな。


でもこれからの時代は高学歴でも正規社員になれなければ、低学歴の世界よ「こんにちわ」だし。


低学歴でもダルビッシュとかサッカーの香川の世界なら、日本の本物の金持ちの世界も飛び越えて世界の本物の金持ちの世界までひとっ飛び。


溝はつながってなくても、空飛んでいけば良いんだって話だね。


おわり。








http://luvlife.hatenablog.com/entry/2013/08/07/221155

読んで色々考えさせられた。

せっかくなので、身の上話を増田 に吐き出そうと思う。

  

  

すごい田舎 の底辺中学 を卒業 してるけど、地元 同級生 たちや親戚達の常識 感っていうのは独特だなぁとずっと思ってた。

上京 してから は特に そう思ってて、同じ日本 なのに本当に違う世界 が共存 しているんだなと思ってそれがもう日本 だと思ってた。

この記事を読んで、そうかそれは「低学歴 の世界 」と「高学歴 の世界 」の溝だったんだと納得した。

  

地元 は田舎 だから か両親ともに兄弟 が多くて、いとことか30人くらいいるんだけど、その中で大学 に行かせてもらったのは俺くらい。

俺の両親は、他のいとこが次々と中卒・高卒 で働き始めたりしているのを横目に、頑張って俺を大学 まで行かせてくれた。

両親が大学 まで俺を行かせたか った理由としては学歴 コンプレックス もあったのだと思うけど、それ以上に今後生 きて行く上で大切な友達 や結婚 相手の階層 のレベル をあげてやりたいってことがあったのだと思う。

  

実家 に帰ると、親戚の誰それが結婚 した、でも結婚 相手はどうしようもないバカでパチンコ ばかりで家族 そろって金を無心にくる、という似たような話がゴロゴロ 。

不倫 ・バツ1・再婚 ・生活保護 ・パチンコ ・ギャンブル ・騙した・騙された・蒸発、、、あげれば切りがないけどそんな話がゴロゴロ ゴロゴロ 。

ほんと、子供 がDQN の家庭は親も間違いなくDQN 。

  

俺の両親は2人とも低学歴 だが、そういう世界 に本当に嫌気がさしていたんだろう。

今思うと、きっと両親はそういう「低学歴 の世界 」が常識 な親戚から 俺を遠ざけたんじゃないか と思う。

いつの 頃から か、他の親戚連中とは距離を置くようになっていて、気付いたら俺もいとこ達とはあまり 会わないようになってた。

大学 にもやれないような、子供 の将来よりお金 の無心しか しない人を騙すしか 能のない親の元で育つ子供 はバカになるし、バカとしか 結婚 できないんだ、そして親と同じことを繰り返すんだと両親は良く嘆いてた。

  

  

そんな地元 環境 だったので、大学 に行ってから はカルチャーショック がたくさんあった。

中学 時代 の同級生 で大学 へ進学したのは10 人いたか どうか。

そのうち、進学で上京 したのは俺を含めて2,3人だったと思う。

  

大学 へ行ってまず俺が驚いたことは、友人達 の家庭環境 と文化 レベル の高さ。

両親がサラリーマン 家庭(そういう友達 は地元 ではほと んどいなかった)
家族 兄弟 の誰かが海外赴任 とか海外 住まい とか普通に いる(英語 ならお姉ちゃん がペラペラ だよ、とかすげぇ)
海外旅行 経験 者多すぎ(国内旅行 すら修学旅行 くらいだった俺には衝撃)
趣味 が舞台 鑑賞とか美術館 めぐり とか(ギャンブル が趣味 じゃないって凄い)
騙す人なんてほと んどいない、無条件に人を信用する人の多さ
お金 を貸しても絶対返ってくる
「ありがとう」 とか感謝 の言葉 が普通に 飛び交う
  

などなど。

もう大学 卒業 して結構 経ってしま ったか らその当時の衝撃を少し忘れてしま っているけど、「高学歴 の世界 」の人から みたら、ごく当たり前のこんな感じのことで当時の俺は衝撃だった。

今思うとここが「高学歴 の世界 」への入り口 だったんだなと思う。

  

  

大学 の友人達 は大学院 へ進んだ人も多かった。

俺は学部 で卒業 したけど、大学院 進学も見据えて大学 入学 してきた奴らなんて、本当「高学歴 の世界 」すぎた。

俺なんて、大学 入るまで大学院 なんていう存在 すら知らなかった。

親と一緒に驚いた。大学 の上に更に進学するところがあるんだって !って。

  

大学 では本当に勉強 ・研究 を頑張った。大変だったけど初めて勉強 が楽しい と思った。

大学 でできた友人達 とは今でもとても仲が良いし、めでたいことにその時の友達 ひとりと結婚 もした。

今の俺の状況としては、東京 の某大企業 に就職 し無事に溝を超えて「高学歴 の世界 」にお邪魔 した感じだろうか。

  

  

そして、会社 に入ってから 更に大学 よりも純度の高い「高学歴 の世界 」の人たちがたくさんいることにビックリ した。

家族 の職業 が医者 とか弁護士 とかエリート ぞろい
趣味 のレベル が高すぎる(○○大会 で優勝とかプロ 顔負けレベル )
子供 の学校 は私立で当たり前(都会では私立の方が頭がいいんだよね、それにもビックリ )
飲み会 などでの会話もウィット に飛んでる
  

仕事 していて困った奴もたくさんいるけど、地元 にいた「低学歴 の世界 」の人たちのような耳を疑うような非常識 さは全くない。

ここでずっと仕事 していると、こういう世界 が日本 の普通 と錯覚 してしま う。

  

そして彼らの大半は、家族 も両親もずっと「高学歴 の世界 」で生きてきた人なので、「低学歴 の世界 」を垣間みたことがない。

大学 進学するのが当たり前だと思ってるし、周りも大卒 ばかりなので、実は日本 には大卒 ってそんなにいないことを実感していない。

パソコン とインターネット の違いが分かるのは当然だし、スマホ もタブレット も使いこなす。

飛行機 や新幹線 のチケット はネット で買うのが当たり前だし、分から ないことは全て自力で調べられる。

年に一度は海外旅行 が当たり前だし、英語 は苦手といいつつも日常 会話はそこそこできる。

両親兄弟 がちゃんとした常識人 で、困ったとき には何かしらのアドバイス をくれる。

両親の家に普通に パソコン があって、孫の様子をスカイプ でテレビ電話 する。

孫のために両親がお金 を湯水のように注いでくれて、当たり前のように援助してくれる。

それがどれだけ凄いことか分かってない。

なので、たまにそんな「高学歴 の世界 」の奴らにいらっとしてしま うのだ。

  

  

この溝は超えたことがあるもの にしか 実感できないんだろうなと思うし、実感しても人生 にいいことはあまり ない。

だから 大半の人は溝に気付かないか 、見ない振りをしてごま かすんだと思う。

  

  

大学 進学が溝を飛び越えるのには一番理にかなっていると思う。

けど、その障害となっている一番の原因がその親だ。

  

底辺高校 で教師をやっている友達 が嘆いていた。

頭のいい子がいて大学 進学を進めても親にその気がなければ、もうそ こでその子 の人生 は地元 止まり だと。

なんとかしてやりたいけど、全員を救えるわけではないしどうしようもない、と。

  

  

唯一、政治家 だけはこの溝について何かしら対処 すべきだと思うけど、政治家 自身も「高学歴 の世界 」にいる人たちばかりなので実感として「低学歴 の世界 」を理解できないんだろうな。 年々この溝が深くなっているような気がする。

本当に根深 い問題だと思う。

  

  


年収300万、残業なし、定期昇給なし

週休2日って事は、年間の休みが52週☓2日で104日。

日本の祝日が15日。

年末の休みが12月30日から1月3日として5日間。

有給が10日間。

つまり年間230日働くってことだよね。


300万÷230日÷8時間=時給1630円。


計算をして愕然とした。


年収300万を稼ぐのって結構高いハードルを超えないと無理だね。


子育てが一段落してからこの時給を超える事ができるオバちゃんってのは看護士とか薬剤師の有資格者ぐらいなんじゃないの?


多分、早慶出身の30歳で出産退職。

その後、子供が小学生になり37歳で仕事復帰っていうババアでも厳しいんじゃないの?


1000円で喜んで働くババアが一杯いるのにこんな事を導入する企業はないって。


この人なら時給2000円でもぜひ働いて欲しいと思う人材は世の中には一杯いると思う。


でも、出来高の担保なしにこの値段は出せないんじゃないの。


看護士とかでも優秀で時給5000円でもぜひ働いて欲しいってのもいれば、なんでこんなレジ打ちもやれないようなババアを雇うんだよってのまで色々だからね。


それでもその中で看護士の数を満たして、そして医療として期待される最低限のレベルをクリアーするってのは決して簡単なことじゃない。


俺は経営者じゃないので文句言ってるだけだけど。


それより年収300万で残業なし定期昇給なしじゃなくて。


出来高制で解雇は出来ないってのが、良いんじゃないの?


仕事内容によっては時給1000円レベルで年収200万。

あるいは優秀で時給3000円で年収600万。


年収200万でも夫婦で働けば、年収400万だしね。


マイホームを買って、子供を大学に入れようとすれば無理があるけどちょっと前の日本じゃ学校は公立の高校まで(夜間とか工業高校とか)、家は公団ってのは一杯いたじゃん。


俺の中学のクラスの半分はそんな感じだったけど。


それが普通だから、みんなそれで幸せそうだったけどね。


おわり。


http://nomad-ken.com/2210


昨日つぶやいた一連のツイート がすごい反響になっています。ブログにも簡潔に趣旨をまとめておこうとおもいます。

残業が何時間超えたらブラック認定とか、年収が200万円台ならブラック認定とか、そういう数字がひとり歩きして、厚生省の登場で魔女狩りみたいなことになりそうな予感がしています。
そういうことではないのだと思うので、そこの議論に一石を投じられればとこれを書きました。お盆休みにみなさんで考えて欲しいです。

私が提案したいのは、ホワイト300ジョブというものです。

これは、年収300万円(額面)で、一日8時間で残業はありません。週休2日。有給は年間10日あり、100%消化できます。一方、定期昇給はありません。20年間同じ仕事をしても給与は上がりません。副業は問題ありません。社会保険ありで、交通費は支給されますが、住宅手当とかはありません。正社員です。雇用期間に期限はありません。

ただし終身で雇用を絶対保証するということではありません。仕事をサボりまくって、決められた仕事をこなさなくてもいいということではなく、合意された仕事はきちんとやる必要があります。

こういう仕事は、ブラックですか?ホワイトですか?

いろんな意見がありました。

年収でみれば都会でくらすにはぎりぎりの水準でしょう。これでは一家は養えない低賃金ですので、ブラックだともいう意見もありました。

時間がきめられているので夫婦ふたりではたらけば600万円となりこれなら十分ホワイトという意見もあります。

育児などでいったんやめた人にとっても、この条件で社会復帰できれば非常にホワイトという意見もありました。

労働基準法に違反しないし、最低賃金を上回っているので、ホワイト。むしろ、この仕事したいというひともたくさんいました。

一方で、このような人たちばかりでは会社がまわらない。モーレツに働くひとも必要という意見もありました。

この条件で20年ではモチベーションが保てない。条件はホワイトにみえるけど、わたしはこれで働きたくはないという意見もありました

全般的には、肯定的に捉えている人が多く、年収300万のホワイト職場というのは、多くのひとに受け入れられるのではないかというのが結論です。

かつてモリタク氏が、年収300万円時代の到来みたいな話をして、年収300万円では家族が養えないというような批判がおこったように記憶しています。しかし、時間が区切られている300万円は全然ありなのかもしれません。

前進的な価値観をもっていて、仕事をするからには年収1000万とか、役員をねらえないとやる気がおきないという人もいます。わたしも学生のとき就職するときはそうで、アップサイドをねらいました。外資系のコンサルに就職したのですが、30代で役員になるひともいて、年収も2000万以上もらえるアップサイドがありましたが、それになれるのは20人とかに一人で、しごとも激務、残業時間も100時間を超えるのが当たり前、200時間というのもありえました。労基法もへったくれもありません。

しかし、この企業ではだれもブラックだとはおもってなかったのです。仕事はきつくても、昇給の機会はフェアにあったり、スキルもみについて人材として価値はあがったからです。

しかし、すべてのひとにこういう前進的な価値観を強要するのは問題です。だれもが外資コンサルみたいに働きたいわけではないし、子供をもった女性なんかはこの働き方は無理です。そもそも、能力的にそういうことができないひともいます。

これを逆手にとって、昇進昇給のチャンスのないひとに、ニセの人参をぶらさげて、死ぬほど働けば昇進できるみたいなことをいって、無茶な働き方をやらせるのがブラックのパターンでしょう。

ブラックというのは、労働時間の多い短いや、年収の多い低いじゃないんです。

全員が幹部を目指して頑張るような前進的な仕事しかないというのが問題です。幹部を目指したくないひとにはその働き方はブラックだし、幹部をめざしたいひとにとっては逆にいうと、ぬるい仕事しかできないのはブラックそのものです。つまり価値観を抜きに、ブラックだとホワイトだのいっていてもしかたがない。

前進的な価値観の持ち主からすると、8時間しかはたらかなくて、年休もフル消化しているひとが、凄まじいパフォーマンスを発揮して、役員に抜擢されることはない、というでしょう。その通りです。そういうひとが凄い年収を得ることはあり得ないでしょう。

でも、みなさんの意見をきいてみると、それでいい、というひとが大半でした。

役員2000万をめざしたいような猛烈なひとは、長時間労働やキツいプレッシャーのなか競争してもらえばいい。そうでない人は、賃金は低くても、ちゃんと時間が守られて、趣味や副業もできる仕事がいいでしょう。

一方で2000万を目指したいいひとの気持ちも尊重してあげてほしい。こういうひとが猛烈に働くことをブラックだとか、起業したてのベンチャーを労基法違反だとかそういうことを言っても仕方ない。

私は、あえて格差をみとめることが必要だと思います。逆説的ですが、あからさまな格差をみとめないと、ホワイトな職場はつくれません。エグゼクティブに働くひととの、ノンエグゼクティブに働く人との格差を認める勇気が必要です。

格差というと言い方がわるいかもしれない。つまり、差異だったり、仕事観の違いを認める、ということだとおもいます。

私は、一連のブラック企業糾弾が、現状に合致していない労働基準法の違反を徹底的に取り締まるみたいな方向性にむかっていくことがあるとすると、残念なことになるとおもいます。(たとえば、道路交通法を全員に厳格に適用するみたいなことになりかねない)

それよりも、年収300万で、8時間労働、有給100%消化、そのかわり定期昇給はない、というホワイト300ジョブを、多くの企業につくってもらうことを提案します。

これなら可能性があるのではと思っています。企業は仕事のやり方をすこし変えていく必要があるとは思いますが、こういう働き方は可能なはずです。

ホワイト300ジョブ。みなさんも考えてみて欲しいです。


医療はアートかサイエンスか?

という話は医療界ではよく出てくる話なんです。


よく言われるのは、アートでもありサイエンスでもある。


この言葉は凄く多くの先生たちが使うので誰がオリジナルなのか知っている人がいたら教えて。


俺も学生時代や研修医の時に何度も聞いてカッコいいなって思った記憶がある。


でも医者の経験を積んだ今は。


医療はサイエンスではないね。


アート以外の何ものでもないと思うよ。


そして著明な先生ほど、ポジショントークでアートの部分が医学の進歩で減ったという。


女の価値は顔と若さしかないのに、世の中の全員が口を揃えて女の価値は若さや顔じゃないと言う。


笑っちゃうよね。


japanese tabooの一つなんだろうけど。

http://ameblo.jp/randtkikaku/entry-11586917089.html


今の医療界ってのは、タレントなんか枕営業ぐらいやっているんだろうなって思っている一般大衆と。


タレントは処女だしウンチをしないと信じている一部ファンの関係と似ている。


大体うまく回るから良いんだけど、前田敦子が酔っ払ってラブホテルから出てきたりすると大変。


ファンにとっては、俺の金と青春を返せって話になるし。


医療って言うのは、ソープランドに行って同じ金払っているのに前田敦子が出てくることもあるし。


キンタローが出てくることもある。


そういう世界なんだって。


そういうが可笑しいと言うんだったら、アメリカのように270兆円払ってからにして貰いたいとつくづく思う。

http://www.nytimes.com/2013/06/02/health/colonoscopies-explain-why-us-leads-the-world-in-health-expenditures.html?pagewanted=all&_r=3&


おわり。


「すべて僕に任せてください。」

すべて僕に任せてください―東工大モーレツ天才助教授の悲劇 [単行本] 今野 浩
http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC/dp/410314761X


この本は元東工大教授が自分の部下の事を書いた理工学部版の「白い巨塔」なんだけど。


面白くて一気読みしてしまった。


ブログで紹介するほどのもんじゃないけど。


でも大学教授っての言うのも糞の集まりだよなって再確認した。


仕事が人を育てるのか?

http://ameblo.jp/randtkikaku/entry-11586876035.html


ポータブルな力を身につけるまで大きくなれると良いんだけど、それまでが馬鹿な上司に翻弄される可能性があるブラック組織の代表だよね。


まあJリーグなんかも才能があるサッカー選手にとっては夢の世界でも、多くの選手は2,3年で引退してブラック組織の親玉だけどね。


分かっていて挑戦するならいいけど、現実をよく知らないで香川のような圧倒的な才能がない選手は悲惨だよな。


能力無いのに、研究者になろうとするのも悲惨。


この手のスポーツ選手とか研究者になるとスポットライトを浴びるのが成功者ばかりになるので。


成功者バイアスがかかりまくってるんだよね。


ただ、ボールを蹴っているのが楽しかったとか。


昆虫のことを考えると、一日24時間でも苦でなかたって。


その言葉に嘘はなくても、同じ事の言っていた何十倍の数の地獄に落ちた人たちのことは語らない。


japanese tabooなのかな。


おわり。


仕事が人を育てるのか?

仕事こそが、人を育てる

http://www.nhk.or.jp/professional/2007/0308/index.html


南場智子氏が、「人が、人を育てる」のではなく。


「仕事こそが、人を育てる」って言っている。


言わんとすることは、その人の持っている能力以上の仕事を与えて負荷をかけて成長させるってやつですよね。


それは僕もそう思うな。


この手の話はホリエモンも言っているし、よく聞く話なんだけど。


でも、南場智子氏が部下に負荷を与えてその部下が成長することと。


ホリエモンが独立後に、自分の能力以上の仕事を受けて成長していくことは。


似ているようだけど、全然違う。


宮仕えの身で、上司が丁度いい負荷を与えて自分を育ててくれるもの。


独立後に、丁度いい負荷を自分に与え続けて成長していけるかは。


どちらも運の部分が大きいけど。


でもこれからの時代に、会社が上司が僕の能力を開花させてくれってのは余りにも幼いように思える。


半沢直樹って面白いか?

http://ameblo.jp/randtkikaku/entry-11586812713.html


上手くいくにしても、駄目になるにしても自分の人生のメインの部分を誰かに依存する人生設計は止めたほうが良いと思う。


誰でもそれが正解だとは言わないけど、東大、京大、早慶に入れるレベルなら半沢直樹の同期のように馬鹿な上司のために鬱になる職業は選ばないほうが良い。


なんどもブログでも書いたけど、自分の職業人生がポータブルなものなのかを考えたほうが良い。


ポータブルじゃなければ、下記のブログのような戦術しかなくなる。


http://ameblo.jp/akky-0829/entry-11582389597.html


彼女は聡明で可愛らしいと思うよ。


そして久しぶりに面白いブログだと思ったよ。


でも間違っても1%クラブの人間が取る戦術じゃない。


これからの時代、自分にかける負荷を自分でコントロールできる職業を選べるように人生プランを考える。


それだけが、勝ち組なる唯一の方法じゃねって思うよ。


おわり。


半沢直樹って面白いか?

堺雅人が好きだから(悪徳弁護士役が最高だったよね)毎週見ているけど。

そして原作を随分と前に読んでいたけど、それなりに原作の世界観通りのシナリオだけど。


面白くないとは言わない。


堺雅人は今一番乗っている俳優だけのことはある。


脇役の悪役も良い。


国税庁のやつが良い味を出しているよね。


支店長は駄目だけど。


それより壇蜜の演技の下手さが気になってしょうがないんだけどな。


上戸彩みたいな女房がいるか?


彼女はCMだけのほうが良いよね。現実に新妻なんだから。


それよりも気になるのが、銀行員なんか糞みたいな仕事じゃん。


それをかっこ良く描くことが無理があるんだって。


かつて銀行員が輝いていた時代があったのかもしれない。


でもバブル世代以降にとって銀行員っては、安定して高給取りだけど糞のような仕事ってのが定番じゃん。


課長を守るために支店長に楯突く銀行員がいるか?


自分の部下を命懸けで守る上司がいるか?


半沢直樹って、バブル世代以上の文系男にとっての韓流ドラマみたいなもんだよね。


そんなもんは絶対に存在しないって思うから、1時間だけでも夢を見たいって感じで。


おわり。


「半沢直樹」第4回視聴率は27.6%に 瞬間最高は30%に

2013.8.5 11:01 視聴率

 4日夜に放送されたTBS系ドラマ「半沢直樹」の平均視聴率が、関東地区で27.6%、関西地区で27.5%を記録したことが5日、ビデオリサーチの調べで分かった。関東地区では終盤に瞬間最高で30.0%に達した。

 同番組は、堺雅人さんが演じるバブル入社世代の銀行マン・半沢直樹が、融資ミスの責任を押しつけようとする上司や組織に逆襲する姿を描いている。7月7日の初回は関東地区で19.4%だったが、その後は第2話が21.8%、第3話が22.9%と、うなぎ登りに上昇していた。


“優秀な”『半沢直樹』は銀行を辞めるべきか?経営者とサラリーマンの意外な感想

http://news.livedoor.com/article/detail/7923699/


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