整形外科医のゆるいブログ

一応,現役の医者です。 ユルイ日記ですが。 ヨロシク<(_ _*)X(*_ _)>ヨロシク。

2013年11月

「折れてはいないと思うけど、骨折の可能性もある」

多くの研修医の時にオーベン(教育係)に言われることがある。


当直の時間帯で「骨折していない」とは断定するなと。


現実には骨折と打撲の間の骨挫傷みたいのも存在するし。


骨折していてもレントゲンでは分からないことがある。


でも、患者にしてみれば折れているか、折れてないのかを聞きに来るわけでしょ。


「折れているかもしれないし、折れてないかもしれない」じゃ医学的には正しいけど、その先生の外来はガラガラになるよね。


AかBかを断定出来るかは、その医者の力量を表しているわけではないんだけど。


AかBかを断定出来るかどうかが、その医者が稼げる医者かどうかは表しているんだよね。


力量と稼げるの違いが分かるのかどうか。


そういう意味において、チキリンの言っていることには俺は賛成なんだけど。


おわり。






http://blogos.com/article/74276/


私はブログでよく、「あたしの意見はこうだ!」と強く表明します。

それに対して、賛否両論いろんな意見が寄せられるわけですが、反対意見のうち、一番つまらないと思うのは、

「そういう場合もあるけど、違う場合もある」 とか

「人それぞれだと思う」

「一概には言えないはず」

みたいな反応です。

ちきりんが「Aだ!」といったときに、「いや違う、Bだ!」と言える人は、自分のアタマで考えてる人です。単に結論が違うだけ。

でも、たいていの人は、そこまで言えません。自分は何も考えていないので、あたしが「Aだ!」と言った時、「いや、Aではない!」としか言えないんです。

いわゆる「批判と否定しかできない人」ですね。自分の意見が無いから、他者の意見を否定するしかない。これもかなり恥ずかしいよねと思うけど、それでも下記に比べたらまだマシです。

一番つまらないのは、

「Aともいえるが、Bともいえる」

みたいな意見です。

それは、そもそも“意見”なのか? って感じです。だって、何一つ考えなくても言えるし、5歳の子でも言えるじゃん。

「大企業が合う人もいるし、合わない人もいる」

「学校が役にたつかどうかは、人によって違う」

そりゃーそうでしょ。

それって、「未来は明るいかもしれないが、暗いかもしれない」ってのと同じじゃん。「犯人は女かもしれないが、男かもしれない」とも同じ。

1秒も考えなくてもわかる。未来は明るいかもしれないし、暗いかもしれません。犯人は男かもしれないけど、女の可能性もある。そりゃーそうだろうけど・・

でも、それって言う意味あるの??

★★★

これから「自分自身でしっかり考えていきたい」と思っている人は、そういうことばっか言ってる人にならないよう、よくよく気を付けましょう。

最悪なのは、「Aの場合もあるが、Bの場合もある」とか言ってる本人が、「オレの意見は客観的だ」「自分は、『Aだ!』と言ってる人みたいに偏っていない」とさえ思ってたりすること。コレ、本当にタチが悪い。

それ、客観的なのではなくて、単に、

「決断できない人間である」

「選べない人間である」

「自分の意見を持てない人間である」

ってだけのことです。

自分の意見を持つ人にしか、自分の人生は選べない。決められない人は、自分の人生を生きられないんです。そしてもちろん、仕事上で価値が出せたりしません。

若い人が一生懸命考えて、「こうすべきだと思います! だって、消費者はこれを求めているからです!」と言ってきたとします。その案は稚拙かもしれないし、情報も未整備だし不足してるかもしれない。それでも、

「そういう消費者もいるだろうが、そうじゃない消費者もいる」

みたいなことを言う上司になるのは、ほんとーにやめた方がいい。「そうじゃない。消費者の求めているのはこっちだ!」と言えないなら、せめて「それは違う」くらいまでは言わないと。

「AともいえるがBともいえる」みたいなことばっかり言ってると、ほんとーに役立たない人になっちゃうからよくよく気を付けましょう。

(と、ここまで書いても、このエントリに対して「そうも言えるが、そうでない場合もある」とか言ってくる人が・・・3000人くらいは絶対いそう)

そんじゃーね


「ソーシャルネットワーク」を見て


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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF_(%E6%98%A0%E7%94%BB
)


全くタイムリーでなく申し訳ないんだけど、この前テレビで放送したやつを見たんだけど。


映画としても面白い。


フェイスブックはこうして出来たのかと思うと面白い。


そして自分が初めてやったSNSがmixiだったんだけど、当時は本当に面白かったのを思い出した。


SNSってのはその本質は出会い系だよな。


映画にもあるけど、だからこそ急激に広まった。


若い時のエッチほど面白いもんはないかなら。


俺の大学生の時に出会いってのは飲み会かナンパしかなかった。


その当時からテレクラはあったけど、テレクラは敷居が高い。


でもダイヤルQ2が出てきて、これも爆発的にヒットしたよね。


ねるとんパーティーってのこの時に流行ったね。


フジテレビが放送されていない地域だったので、ビデオに録画したとんねるずの番組を見て感動したからな。


話をSNSに戻して、日本でmixiがFacebookに負けるはずがなかったのにね。


オペレーションを間違えなければ。


それと映画を見て思った。


Facebookの時価総額ってのも幻想だと思うよ。


Facebookもやってるけど、何が面白いのかさっぱり分からない。


映画は面白かった。見てない人は絶対に見たほうが良いよ。


おわり。


自負に対する対価を払う

http://agora-web.jp/archives/1569556.html#more

中島よしふみ氏のmixiの追い出し部屋に絡めた解雇リスクを従業員が受け入れるかどうかって話は非常に良くまとまっている。


昨日書いたブログのリスクとリターンの整合性を合わせようって事では同じ種類の話だと思う。

http://ameblo.jp/randtkikaku/entry-11709624846.html


中島よしふみ氏のブログで付け加えることがあるとしたら。


まとめ
・追い出し部屋は解雇規制が緩和されれば無くなる。
・解雇規制はこれから雇われる若者や失業者にとってはかえって「壁」となっている。
・従業員が解雇のリスクを受け入れれば、企業は逆に雇いやすくなる。
・企業の雇用責任は限定する方向性を打ち出すべき。
・失業保険は手厚くしていい。特に非正規雇用や若者に手厚くすべき。
・セーフティネットは企業ではなく国の役目であり、自己責任とセーフティネットは車の両輪。

一流大学卒で一流企業勤務の自分は会社に貢献してきたと自負している社員には。


殆どの人がそう思ってるんでしょ。


若い時は安い給料で働いてこれからその分を返して貰うんだって。


一時金としてその分を社員に払ってプラトーにすれば良いんだって。


何度も書いているけど専業主婦の配偶者控除っていうクソみたいな制度も。


家庭を守ってきたという自負があるから、廃止には死に物狂いの抵抗にあうんでしょ。


これも自負に対する対価を払って精算して、もう一度正義があってどんな生き方にもプラトーで世代間格差がない制度に設計し直すべきだと思うよ。


ベルリンの壁が壊れるのを待っていたら、日本国が壊れるのが早かったら意味無いじゃん。


おわり。


うつぶせ寝での窒息死

この前テレビを見ていたら、市が斡旋しているベビーシッターみたいな奴に子供を預けていたら子供がうつぶせ寝で窒息死した子供の補償を裁判で市とベビーシッターを訴える特集をしていた。


可愛らしい子供だったな。


色々な意見があることを承知で言わせて貰うと。


他人に預けた時点で、そういう可能性があることは了承したもんだと思うよ。


親にあずけても、自分で見てもうつぶせ寝で窒息死はありえるし。


時給800円ぐらいのボランティアみたいな金で何かあった時の補償なんか出せるわけ無いじゃん。


出産に伴う無過失保証制度みたいのを導入するしかないと思うな。


ベビーシッター、保育園、幼稚園などの料金に10%保険をかけてプールしておく。


医療事故問題でマスコミが騒いだことが医療崩壊を加速させてみたいにベビーシッターに賠償請求をしたら、預けるしか選択肢がない家庭が泣きをみるだけ。


これもまたまた色々な意見があることは承知で言わせて貰うと。


子供を一人しか産まないって選択は、子供が死んでゼロになるリスクがあることを了承した人生なんだと思うよ。


今回のブログで書きたかったことがうまく伝わっているのか不安なんだけど、了承するどころかこの手の話のリスクって概念が何言っているのか分からない女性って本当に多いじゃん。


そういう女性が小泉元首相の「原発即廃止」とかにはすぐに賛同する。


原発を止めれば雇用がなくなることや、原発を止めてもすぐに安全にならないことなどは理解できない。


当然、日本がなぜ第二次世界大戦に巻き込まれたかはなんかは知りもしない。


そういう概念をしっかり勉強して、それでも」原発は即停止」、「子供はひとり」って選択をしたのならそれは自由だけど。


何かあって、そんな話は聞いてないよって事にならないようにしないとね。


おわり。


荒れると嫌なのでコメントは拒否。


互助会

聞いた話なのですが。


看護師の派閥問題というのでしょうか。


数十年前に病院が誕生して、当然そこに働く看護師が存在する。


三人集まれば派閥が出来ると言われています。


数十年前に偶然出来上がった派閥の特徴は、看護師のミスは互いにかばい合う。


互助会みたいなものだったのでしょう。


出来ないもの同士が集まることで雇用を守る。


ヤクザの発生もそのような互助会的なものだったいうことを聞いたことがある。


病院以外にもこの互助会的な組織が一杯ある。


それって日本人そのものだよね。


数十年前に小さな診療所は大病院になって。


数十年前に小さな町工場の互助会が世界的な大企業になって。


怖い世界だと思いません?


おわり。


久しぶりの面白いコントに釘付け

昨日は壮大なコントにビックリした。


テレビをマルチ画面にして見ていたら、TBSに亀田が写っていた。


チャンネルを変えると会場は世界タイトル戦をやつようなものじゃなくて、マイナープロレスが地方の小学校の体育館を使って営業するような感じ。


そこで笑いを堪えるのに必死になった。


最近判定ばかりが続く亀田が、超絶弱い相手をKOすること。


アウェーでの勝利をすることが前提の茶番だったはずが。


実際には、弱い挑戦者の圧倒的で亀田の顔がボコボコになってきた。


BGMではお決まりの鬼塚の「亀田はアウェーの為に打たれているように見えますが圧勝していますね。」


がエンドレスで続く。


ボクシングというコントの性質上、どんなに挑戦者が圧倒しても亀田が勝つことは決まっているから。


11と12ラウンドは韓国の選手が亀田をKOするように絶叫してしまった。


最終的には亀田が判定で勝つんだけど、TBSの放送にはよしもと新喜劇のようなお決まりの安定感があってまた最後に爆笑。


亀田も顔を腫らしながら、最後まで自分の役割を好演。


彼は役者として一流になってきたことをファンとして再度実感。


そんな感じのコントでした。


おわり。




http://news.livedoor.com/article/detail/8268085/


「WBA世界バンタム級タイトルマッチ」(19日、済州島)

 ボクシングのWBA世界バンタム級タイトルマッチが19日、韓国・済州島の済州グランドホテルで行われ、王者・亀田興毅(亀田)は2-1の判定で、同級14位の挑戦者・孫正五(韓国)を下し、2010年12月に決定戦で獲得した王座の8度目の防衛に成功した。

 ランキング下位の14位で、さらに11カ月ぶりの試合となる孫はイージーな挑戦者かと思われたが、亀田は前半から苦戦。5回に右ストレートを浴びてからは動きが落ち、10回には左フックを当てられて痛恨のダウンを喫した。亀田の勝利がコールされると、地元ファンの詰めかけた会場は一瞬の静寂後、ブーイングが巻き起こった。「リングに上がってから、なんかピリっとせんかった。まあ、これも含めて実力なんやけどね…」と王者は防衛にも笑顔はなかった。ハーフポイント制(通常の10点法に加えて0・5点単位で小数点も使える)で行われた採点は115-112、114・5-114で2人が亀田の勝利を支持、残る1人は115・5-113・5で孫の勝ちとしていた。

 日本のジム所属の世界王者が韓国で王座を防衛するのは元WBC世界スーパーフライ級王者・渡辺二郎(大阪帝拳)、元WBC世界スーパーフライ級王者・徳山昌守(金沢)以来、史上3人目。亀田の通算戦績は33戦32勝(17KO)1敗、孫は27戦20勝(6KO)5敗2分け。


純粋培養と叩き上げ

2013-11-07 他者と違うくありたい

2008-02-03 雪の日、中学校時代

2013-11-01 高速道路と大渋滞



チキリン女史の要諦は、開成や灘などの中高一貫校で東大卒のやつは使えない。



公立の小学校からヤクザの子供など底辺の人間に揉まれても一橋に入るぐらいの人間のほうが伸びしろが大きくて社会に出てからは出世するって事だと思うんだけど。


この辺は永遠のテーマだからどうでも良いんだけど。


でも自分の子供の教育として考えた場合は、また違った世界が広がると思わない?


具体的に祖父は慶応卒の金持ちで両親とも国立大卒の医者で現在都内在住。


金銭的にも素材的にもコネ的にも問題ない場合。


慶應幼稚舎に入れるのかが良いのか。


青山学院附属小学校から開成に入れるのが良いのか。


小中は公立で日比谷高校に入れるのが良いのか。


俺が自分の子供に対して選択できる立場だったら、慶應幼稚舎を選ぶと思うな。


他人の子供だったら、小学校は足立区の生活保護の一杯いるようなところに入れて虐めにあってもそれを克服して。


高校は日比谷高校で、サッカー部のキャプテンをやりながら現役で東大に入れたら。


それはこの子の社会人になってからの伸びしろはデッカイよね。


でもこれって成功者バイアスがかかりまくってるよね。


素材的に問題ない人間でも、足立の小学校じゃ虐めで不登校児童になるかもしれないじゃん。


自分の子供にそんなリスクを背負わせるわけいかないでしょ。


親に余裕があればあるほど、みのもんた的な教育になっちゃうんだって。


それが人間のサガだよ。


だから多くの富裕層も三代目には落ちぶれる。


何も相続税の問題だけではない。


天才外科医も患者が有名人で一杯お布施を貰ったりすると、いつも以上に丁寧な手術をやったら結果が悪かたってよくある話なんだよな。


人間は感情の生き物だから確率通りには割り切れないものがあるよね。


おわり。













私、失敗しないので

ドクターXの大門未知子のキメ台詞。


俺も好きで見ているんだけど。



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医療コメディーに突っ込みをいれてもしょうがないんだけど、あえて言わせて貰うと。


手術が100%成功したとしても、結果として患者の病気や怪我が治るかと言ったらそれは別問題。


どんなに下手くそな手術をしても、患者の治癒能力で治ることもある。


手術じゃなくても、肺炎の診断がついて感受性のある抗生剤を投与しても高齢者の場合死ぬ時がある。


内科の医者が「私、失敗しないので」と言って、診断,治療ともベストを尽くしても結果が悪かった場合は、大門未知子は何と言うのだろう。


個人的にも患者本人や保険の調査員に「結局、失敗したんでしょ?」と言われて、満足行く出来の時とそうじゃない場合はあるけど。


「大門未知子、許すまじ」って思ってるよ。


終わり。







上原は凄いな

ダルビッシュやマー君は上原よりは上なのかもしれない。

でも上原の根性は半端ないよな。

ハイライトでしか見れないけど、巨人の時と投球が変わってるジャン。

38歳でも進歩してメジャーに対応しているんだね。

いつ引退しても可笑しくない年齢から怪我をして復活できるか?

そういう男は本当にカッコいいと思う。

人生もそうだけど、アドバンテージを守るのだって難しいのに。

ビハインドを挽回するのって現実の世界じゃそうあるもんじゃない。

お疲れ様でした。

アメリカに渡った後の苦労が報われて本当に良かったね。

来年も楽しませてください。

おわり。








上原、涙の胴上げ投手「うれしい以外ない」そして「早く休みたい」
http://news.livedoor.com/article/detail/8209194/

 ◇Wシリーズ第6戦 レッドソックス6―1カージナルス(2013年10月30日 ボストン)

 世界一の瞬間、レッドソックスの本拠地・フェンウェイパークのマウンドに立っていたのはやはり上原だった。

 最後の打者、M・カーペンターを空振り三振に斬って取ると、 右拳を突き上げ、さらに両手でガッツポーズ。捕手のロスに勢いよく抱きつかれると、咆哮(ほうこう)しながら右手の人差し指を天に向かって高々と掲げた。 自らを「雑草」と称した男が、38歳にして世界NO・1を誇示した瞬間だった。

 「うれしい以外ないです」。世界一を勝ち取った上原は、続けて言った。「…早く休みたいです」。

 大阪・東海大仰星高時代は全くの無名選手だった。浪人を経て入学した大体大で、ようやく才能が開花。巨人入団1年目の1999年に20勝を挙げて沢村賞を獲得するなど実績を積み上げた。海外フリーエージェント権を行使し、2009年にオリオールズ入り。だが、相次ぐ故障に泣かされた。1年目に右肘腱を部分断裂し、その後も右肘や左太もものけが。レンジャーズでリーグ優勝に貢献した11年は、プレーオフで3本塁打を浴び、ワールドシリーズの出場登録を外されたこともあった。

 夢にまで見たワールドシリーズの大舞台。5点差がつき、セーブのつかない場面でも指揮官は迷わずマウンドに上原を送った。球場を包む大きな「コージコール」の中、「1点、2点ぐらいはいいという気持ち」でマウンドに上がった。そして、先頭打者の8番・ジェイ、9番・デスカルソを連続で左翼フライに仕留めると、最後は1番のM・カーペンターを「あれが生命線なんで」と得意のフォークで空振り三振。見事に3者凡退で期待に応えた。

 「今年はちょっと出来すぎ。自分でもちょっと怖いんで、“ゆっくり休め”と自分自身に言いたいですね」と結んだ上原。その目の縁は真っ赤に染まっていた。

グローバルマッチョ論について

グローバルマッチョで思うことがあるんだけど。

日本の文系エリートのビジネスモデルって、基本は世界の文系エリートと戦うことじゃなくて。

日本の理系エリートが世界と戦って得た成果を搾取するのが基本モデルなんじゃないの?

日本の文系にはこんな美味しいシステムが出来上がっているのに何で東大、京大の文系エリートがリスクをとってグローバルマッチョになろうってするんだって。

今の日本に出来ることは、理系エリートが得た成果をちゃんと彼らに還元することだと思うよ。

東京三菱銀行の頭取が年収数億なのに、日本の今を支えている年収数千万ぐらいの超一流研究者たち。

どう考えても間違っていると思う。

もっと底辺のポスドクっても文系に搾取されている存在に思えるな。

彼らの下働きがトップ研究者を支えているわけだし。

おわり。







http://nomad-ken.com/2367

最近、うさみさんがグローバルマッチョに攻撃をしかけていておもしろい。

そもそもグローバルマッチョ論というのは、グローバルな人材にならないと生き残れないという話です。(わたしも煽ってます)

煽り過ぎというご指摘がある一方で、もっと煽らないといけないという危機感もあるようで。

そのあたりを指摘します。

とにかく、グローバルマッチョ論の最大の問題は、正しい受け手に届いてないということにつきます。

どういうことか?

まず、本来グローバルマッチョの煽りは、本来0.1%くらいしかいないエリートにむけたものです。

「日本のエリートたちよ、もっとハングリーに国を背負って戦う覚悟をもちなさい。常に海外をみなさい。海外のエリート人材と伍して戦える実力をつけなさい。それには英語、留学、海外経験、一流人材との真剣勝負。海外のやつは凄まじく勉強していてハングリーだ。本を読みながら歩いて、毎日死ぬほどの努力をしていて、凄まじい競争を勝ち抜いている真のエリートだ。海外のエリート達との密なるネットワークをつくっていきなさい。でないと、日本は孤立する」

※タムコーさんはこんな感じだと思うので訂正しました。タムコーさんの煽りはもっと広いかんじでビジネスキャリアに限定していない(政府、政治家、大学教員、研究者とかも含む感じ)ので、上記のほうがいいでしょう。

一方、ビジネス系の煽りは、

「子供のころから英語教育に親しみ、大学は米国かシンガポールに留学、英語はネイティブ並になってから、卒業後はグローバル企業に入社し、ハーバードでMBAを取得、転職をしてステップアップして、27歳でマネージャー、40手前には執行役員、45にはグローバルで影響力を発揮するリーダーにならねばならない。なぜ日本人が、スティーブ・ジョブスや、ジェフ・ベソス、ガースナーのようになれないのか??」

といったあたりが、狭い意味(ビジネスキャリア)でのグローバルマッチョ思想ですね。

さて、タムコーさんの壮大な煽りはあれとして、私のフィールド(ビジネスキャリア系)でいうと、日本の伝統的大企業にはいって、ジョブローテーションで社内キャリアを積んでいるだけの人材では、グローバル企業での人材価値は全くないのはホントです。

もしそういう人材が、いずれ僕も私いずれグローバルな経営人材になりたいなんていう甘い夢をみているとしたら、壮絶な勘違いであり、頬をひっぱたかれて目覚めないといけないのは明らかです。

グローバルで活躍して、高い賃金を得て、世界のエリートと伍して戦える人材にあなたがなりたいとおもっているなら、グローバルマッチョ論のいっていることは間違ってません。

しかし、これは響いているのか微妙です。彼らはグローバルに行くよりもますます保守化してしまっている気もします。民間のエリートも、危機感ありません。そもそも企業が危機感ないのですから。

「そんなこといってるからエルピーダみたいなるんだ」

といって煽っているのがグローバルマッチョ論です。

これは正しいのです。

グローバル競争にさらされているエルピーダみたいな企業は、マッチョにならずに楽しく生きるなんて道はありません。彼らのような企業やリーダーは、欧米やインドのグローバルマッチョに伍して戦う以外ないのです。

グローバル産業に属する人々は、自分たちがグローバル競争にさらされているということに対する自覚が圧倒的に足りません。。

そして、日本の基幹をなす製造業をはじめとした輸出産業のほとんどがグローバルな競争産業ですから、彼らがグローバルマッチョ競争に負けるということは、すなわち、日本の産業の負けを意味します。

そういう意味で、エリート層が、もっとレベルアップする必要があるのは確実でしょう。しかしいまだ当の企業もそうですし、政府もまたく危機感はもってないようにおもいます。相変わらず議論は内向きで、昭和の日本のやり方を復活させれば勝てると思っているさえも人もいます。

そういう意味では、グローバルマッチョ論は、本当にマッチョになる必要なひとにとっては全然とどいてないような気がします。

一方で、間違って伝わっている面もあります。

つまり、グローバルマッチョとは無縁の人です。国内でドメドメ産業の営業してます、国内で飲食店で努めてます、地方で老人施設で介護してる介護士です・・・など。こういうひとは、そもそもグローバルマッチョになる必要がありません。ただ、こういうひとまで煽られて、自分たちもマッチョにならなくてはいけないのではないか??と焦ってしまっている。

(注 ただ、そういう人も、グローバル化が社会や雇用にもたらす影響については理解しておいたほうがいいでしょう)

グローバルである必要のないひとを徹底的に煽ってしまっているという点で、グローバルマッチョ論はまちがったターゲットに届いてしまっている可能性があります。そしてそれがひとつの自己啓発のジャンルとして、必要のない人に無駄な心配を植え付けて、お金をとるというマルチ商法になってしまっているのではというのが、うさみ氏の指摘です。

まとめると、グローバルマッチョの煽りは、次の2つの大きな問題があるわけです。

・すでにグローバル競争にさらされていて、グローバルマッチョ達との競争が避けられないような、基幹産業のリーダー層や政府にはまったく届いてないばかりか、受けが悪い可能性すらある。

・グローバルマッチョをする必要がない普通のひとが、グローバルマッチョ論を真に受けてしまっていて、恐れおののいている可能性がある

現時点では、前者の啓蒙に失敗し、後者の芸が商売として大きくなっていると考えます。

なぜこういうことになるのか?

グローバルマッチョ論がどうして、前者に響かないのかということはもっと分析していく必要があるだろう。前者が、グローバルに対応できないと、いずれほとんどがエルピーダになるとおもっているので、彼らが変わることは日本にとってとても大事です。

そして、日本の産業がまけてしまうと、エリート層だけはなく、その恩恵で生活している普通のひとの生活も豊かではなくなるでしょう。

だから、むしろ、グローバルマッチョに無縁でない人は、リーダー層や政治家がグローバルマッチョに無関心なことにヤバイとおもったほうがいいかもしれません。グローバルマッチョになれない層にとっては、自分たちができないことは、リーダーや政治家がやってもらわないと困るわけだから。

PS.グローバルマッチョにも2つあることにきづきました。

ひとつは、日本を背負って世界と伍して戦え、迎え撃たねば系の壮大な煽りと、
むこうのシステムに沿って通用するグローバル化された人材を目指そう系のもの

前者はむしろ愛国心系かも。日本のやり方を世界に通用させるというのもあるかもしれない。日本を守るにはグローバルな競争力をつけて世界を迎え撃たねばって感じ。

後者は、そうではなくて、日本式はガラパゴスなんで、グローバル・スタンダードのルールの土俵にのって、世界中で評価されるようになりましょうというもの。

これはだいぶ違うかもしれません。
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