橘玲氏の本でも移植の話は取り上げられているけど、日本では全然臓器提供が浸透しない。
(移植が多い国は意思表示なしは臓器提供)

日本人には日本人特有の価値観メンタリティーがあるんだろうから、臓器提供をしてもしなくてもどちらでも良いと思う。

だけどピエール先生が言うように臓器提供を受けたいなら自分が脳死になった時に臓器提供をすべきだし、臓器提供をしたくないなら自分が人工透析になっても腎移植を他人からの提供で受けることは論理的に破綻しているよね。

政治家がやるハードルは実はそれほど高くはない。

臓器提供の意思表示をしている人間だけが臓器提供を受けることが出来るように法整備をするだけの話。

意思表示をしていない人間がもし臓器提供するように意思変更したとしては5年、10年などのある一定期間は臓器提供を受けられないようにすれば良いだけの話。

子供の意思表示は母子手帳を貰う時に親が決めれば良いじゃん。
(この辺は随分雑な書き方だけど、現実にはもう少しだけ詰めればいい程度のことでしょ)

脳死の定義だとか。

死んでからの話だとか。

輪廻転生だとか。

それぞれの価値観人生観で臓器提供をするかしないかを決めるだけなので、消費税を上げる上げないのような政治家の不人気を起こす行為だとは思えないんだけどね。

俺の今のスタンスは臓器提供はしない。

でも上記のような法整備がされれば臓器提供をする方に意思表示をする。

俺の価値観ではその方が期待値が高いと思うからね。


たぬきち先生みたいのは医者の鏡だな。

俺なんかは俗物中の俗物だから。

俺の価値観の根底は損得だからね。

おわり。