整形外科は手術をしてナンボの科です。このため、多くの整形外科医のプライオリティは、手術手技の向上ということになります。

優秀な整形外科医になるために情熱を傾けるのは必須ですが、卒後10〜20年経っても個人的なスキル向上にのみ集中するのは微妙だと思います。

俺も全くの同感だな。

整形外科医のブログ主さんが言うような壮大な仕組み作り、組織作りまでは多くの医者は出来ないと思うけど。

だけど手術一本で生きていこうと思えば思うほど、自分が手術をやり続けられる仕組み、組織作りは必要になってしまう。

つまり、術後10年目以上は単純な手術の腕だけでなくて手練手管が必要になる。

手練手管ってのは準備が必要なんだよ。

手術の腕を磨く時間と手術を続けられる仕組みを作る時間とをどう配分するかがタイム・アロケーション。



これもタイム・アロケーション的考え方の一つ。

正確にはアセット・アロケーション的な考え方だけど、ある能力以上の医者の時給は全国一律だからね。

人的資本管理はタイム・アロケーションのことなんだよ。

タイム・アロケーションと言っても、学生時代のタイム・アロケーションもあるし。

一日をどう使うかのタイム・アロケーションもあるし。

人生100年時代のタイム・アロケーションという考え方も必要。

俺自身がアロケーションを変えようと模索しているところだけど、これが思った以上に難しい。

なぜならそれは情が絡むからね。

苦労をともにした古女房を、自分の人生の幸せを最大限化するために捨てられるかって話と同じだから。

行間を読めないレベルの人間もこのブログを読んでいる可能性があるから書くけど。

古女房=手術の場合もあるし。

古女房=研究の場合もあるし。

文字通り、小皺の増えた三段腹の古女房のこともあるし。

成功前のミュージシャンを見習って、糟糠の妻は速攻で捨ててトロフィーワイフと結婚するとはじめから決めておくのも方法論は一つだとは思います。

おわり。