男性は「年齢差別は許されるという考えが今も大学側にあると感じた。この現状に問題提起したい」と話す。

難しい問題だな。

そこに正義はあるんか?って話なのかな。
男性は昨年4月、西日本の大学医学部に進学。妻との別居を余儀なくされた。

東京医科大学のような中堅私立医大の場合には、女性差別も年齢差別も大学側としたら正当な理由があったわけだ。

大学病院の運営には若い男が必要だという切実な理由があった。

だけど、差別はいけないという西洋文化的な発想とどう整合性をもたせるかだけの問題になっている。



30歳過ぎのオッサンでも福岡は良くて、それ以外は駄目ってのもどう整合性をもたせるのかも難しいでしょ。

明文化されればそれで問題なしで書いたように明文化するしかないね。

俺らも新しい知識を得たからね。

アドミッション・ポリシー
ディプロマ・ポリシー
カリキュラム・ポリシー

これが重要ってね。

本音をそのまま明文化すると問題が生じるので、様式美は整えた形でね。

裁判ではこの程度(このぐらいの年齢)だと、東京医科大学不正入試事件で流れが変わったので大学側が負けそうだけどね。

そして文部科学省からの再度のアドミッション・ポリシーの徹底を指示。

日本にある下位5校ぐらいの底辺私立医大の場合は。

ディプロマ・ポリシーは国試に受かる人間だけを卒業させる。

カリキュラム・ポリシーは国試に特化した専門学校。

その前提の上では、金を多く払った人間が合格するっていうアドミッション・ポリシーで良いんじゃないの?

寄付金が1億、2億で入学させても、医師国家試験に合格する人間がゼロなら大学の存続に関わるんで、ある一定の制約はかかるでしょ。

現実問題としては医師国家試験に合格する可能性が50%以下の人間は基本的に合格させないだろうし。

現実的な運用としては、7割ほどは医師国家試験にまずは受かるぐらいの学力がある人間を寄付金無しで入学させるし。
(場合によっては学費免除の学生の割合を増やさないと対応できない可能性もあり)

2割ほどは医師国家試験に受かるかどうか五分五分の人間を寄付金5000万円ぐらいで入学させて。

1割ほどは大学運営資金要員として1億円の寄付金で入学させて、目一杯学生をやって頂き退学していただくみたいな感じの運用になると思うよ。

これなら最低限の正義の担保にもなっているし。

上記をアドミッション・ポリシーにすれば良いんだよ。

勿論様式美は大切だから、大学運営資金要員に対しては「開業医の息子は医者としての適性が生まれつきあり、ポテンシャルに対してチャンスを与える」とかの表現形式でやれば良いんじゃないの?

欧米の大学だって寄付金の額による大学運営資金要員がいるんでしょ。

何も恥じる必要はないと思うよ。

おわり。