子孫を残すことは、間違いなく人生の意味であり、後世へのレガシーの一つといえるだろう。残念ながら(? )僕には子供がいない。
奥様に汚物扱いされて拒否られているという悲しい事情もあるが、年齢的にこれから子供を持つのは現実的ではない。子供が成人するまで面倒を見なければならないとすると、仮に「あなたの赤ちゃんです……認知して……」と会った記憶のない女性が隠し子を連れてあらわれるという望まぬカタチで、今、子供を授かったら、最低でも66歳まで働いて養わなければならなくなる。



大学で生態学かなんかの先生が「自然界において勝ち組とは子孫を沢山残せた者。私は2人子供がいるので、現代社会においては比較的勝ち組です!」ってドヤ顔で発言してたのが面白かった。人生が無意味かはわかりませんが生物的には無意味かもしれないです。そんな私は負け組😢



集団遺伝学を知らない先生ですね。自分の遺伝子が残らないと負けだったら、社会性昆虫はどうなるんでしょうか?同じ遺伝子が残ればそれでいいんです。人間も同じで、兄弟姉妹従兄弟が子孫を残すならそれで十分です。


茨城県のマイルドヤンキーが子供の意味や子孫を残そうとして行動しているわけではないと思うけど。

彼ら彼女らは知性派と言うよりは本能に従い行動している。


リベラリズムは、リプロダクティブ・ライツを擁護し、産む自由・産まない自由をそれぞれ保障し、政治権力がこれに介入することを強く批判する。
だが、リベラリズムが愛してやまない「個人の自由・人権」を担保するのは(どのようなきれいごとを述べようが、実質的には)国であり、その国を維持するのは人口動態であるという致命的な矛盾を内包する。美しくただしい思想も権利も、それを担保してくれる国がなければ意味がない。そして国は、自分たちの生殖によってしか維持できない(あいにく移民は彼ら西欧人の思想信条や人権概念を必ずしも受け入れるとはかぎらない)。
ところで、なぜ旧来の価値観や伝統的宗教観では、女性の権利や人権が男性のそれに比べて往々にして低く見積もられていたのだろうか――西欧リベラリズムは「人間社会には根源的に女性蔑視が根付いていたからだ」と回答したが、本当にそうなのだろうか。「女性が男性並みに経済的・社会的に優位性を獲得したとしても、しかし男性のようには他人を扶養しようとはしなかった(からこそ、そんな共同体は生産人口が長期的に持続できず、結果的に女性蔑視的(だが、生産人口が安定している)集団に淘汰されてきた)」ということだったとしたら。

キリスト教的なリベラリズムがまさに自傷行為をしている。

男女平等、一夫一婦制なども結局は茶番でやっぱり最後には男尊女卑、一夫多妻制が正しいことを歴史という長期の時間的スパンがそれを証明しようとしている。

ここで本題に戻るんだけど。

「子供がいない人生でも意味がある」と言う空想を正当化しようと、リベラルは頑張ってはいるんだけど。



子なし夫婦に対しては「少子化なのに、なんで子どもをもたないの?」などのデカシーのない言葉をかける人もいるのが実態です。「産まないほうが悪い」などど、勘違い甚だしい発言を繰り返す政治家もいるほど。そして、世間には「独身者と子どもがいない夫婦には、子なし税をかけるべき!」となんていう人もいます。実際、政府は通称「子なし税」の検討を行なってはいるようです。しかし大きな批判が受けたせいか、実現化に向けての動きはありません。

「子なし税」を導入できるような国は生き残り、「子なし税」を導入できない国は衰退するというリベラルとは真逆の世界なんだろうな。

魔法使医先生のような子なし高額所得者の場合は、医者という準公務員的な立場まで考慮すると。

所得の8割は税金で没収したほうが日本国のためになると思うのは俺だけかね。

知的な女性とは?で知的な女性ってのは非繁殖要員と書いたけど。

知的な女性とは納税要員なんだろうね。

リベラルな世界では絶対に言葉に出してはいけないことだけど。

知的な女性として生まれることは、ブスとして生まれるのと同じで人生罰ゲームなんだろうな。

これってゆる医がパンドラの箱を開けたのか?

おわり。