副業について思うことの第二弾。

ブログネタ不足で記事の内容が薄い気がしますが、その辺はご了承ください。

今自分自身が新しい不動産を購入しようと思って色々情報収集をしているから感じるんだけど。

俺はオッサンなのでそれだけ人生の経験値もあるし、それに今まで貯めた数億円の種銭もあるし。

だけど出口戦略まで考えると今買って採算にのる不動産は都内には殆どないよ。

勿論、築古木造みたいな減価償却を利用した節税スキームの場合は違うかもしれないけどね。

クソのような不動産屋がクソのような不動産をまるで滅多にお目にかかれない掘り出し物件のように紹介してくるけど。

商売だから仕方ないのと、多分小学校の算数で躓いたレベルの馬鹿なので計算が出来ないのだとは思うけどね。

だったらお前らが自社物件として保有すれば良いだけの話だろ。
昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。
やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。
人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。
すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。
人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。
一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。
しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだという故事に基づく。
単に「塞翁が馬」ともいう。
人間は「じんかん」とも読み、「人類」ではなく「世間」を意味する。


塞翁の馬が逃げた瞬間で評価するか。

駿馬を連れ帰った瞬間を評価するのか。

落馬して足を折った瞬間を評価するのか。

戦争が終わり沢山の若者が亡くなった瞬間を評価するのか。

何処で評価するのかっては結構重要な指標だと思うよ。

12歳の中学受験で灘に合格した魔法使医先生は30歳代後半に童貞医になっている未来を予想したんだろうかね。

18歳の時に東大理3に合格した米山元新潟県知事も買春で辞任する未来を予想したんだろうかね。


一方、俺も偶然この「新婚さんいらっしゃい」をみてしまった。

ここに男にとっても女にとっても幸せってのは何?

幸せって何だっけ何だっけと言う哲学の話があった。




はじめから持っていない強みで書いたことと被るんだけど。

30年以上前に俺が国立医学部に入った時には、同級生の半分以上の親が医者でね。

俺は何も何も持っていないと思っていんだけど。

オッサンになってから考えれば俺は沢山の物を持って生まれてきてその事を両親に感謝しないといけないと思うよ。

遺伝子ガチャのハズレを引いた弟には悪いんだけど。

その上でまた最近感じることだけど、頭の悪い美人が行き遅れBBAになるように多くのアドバンテージをなくすことを俺自身が実感しているんだけど。

俺のように本当に頭がいい人間でも(試験が出来るという意味でなく)、その場になって見ないと分からない実感できないことはあるんだと最近良く思うよ。

哲学ってのは本当に頭が良い人間がやる分野なんだと思うよ。

昔はそんな感覚はなかったけど、ノーベル賞受賞者より哲学者(本物のね)の方が上のような気がする。

まあオッサンになって今はオジイちゃんになる過程なのかもしれないな。
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なんだ?急に真面目になったのか?と思った読者の皆さん。

安心してください。

ゆる医ブログはクソブログのままですよ。

おわり。