低学歴教育ママ文学ってのはピエール先生のTweetから拝借したもんだけど。
たまたま隣駅の進学塾が「冬期講習無料」というキャンペーンをしていたため、あわてて入塾テストを受けさせ、ぎりぎりの点数で入塾を許可された。それにしても、公文もさせていなかったのに、自宅でのドリル学習だけで合格できるなんて。「もしかしてうちの子、頭いい?」

自分が馬鹿でも子供は賢いかもしれないと楽観的に思えるからこそ結婚して子育てするわけだからな。

そして塾の営業活動に上手く乗ってしまったわけだ。
「そんなんじゃ医者になんてなれないよ!」「上のクラスの子は全部やってるよ!」「どれだけ塾代払ってると思ってるの!」と、ネガティブなワードを並べ立て、怒鳴りつけた。

なんかゾクゾクするな。

風景が容易に目に浮かぶ。
首都圏郊外在住の友人、加奈子(仮名、44歳)は、今年小学5年生になる耕太君(仮名)と、銀行員の旦那と3人暮らしだ。旦那の父親は弁護士で、孫の耕太君こそは弁護士になってもらいたいと、妊娠中から、かなり強い期待を義両親にかけられていた

またまたよく見る風景。
「小学2年生の子に与えるには尋常じゃない量だった。でも、この量の多さこそ、宿題をやり切れる子だけがこの塾で生き残れるという、塾側からのメッセージに違いないって、思ったの。もちろん息子は途中で何度も泣き出したけど、有無を言わせず取り組ませたわ


ギャ〜、もう止めて。

でも子育てって本当にダビスタに似ているな。

特別な子育てをしているわけでもないのにシッカリ子供も優秀はディープインパクトみたいな家庭もあれば。

親が優秀でも子供が走らないハイセイコーのような家庭もある。

子供は親の夢を背負って、サラブレッドはギャンブラーの夢を背負って必死に走っていると思うと感慨深いよね。

地方競馬出身のオグリキャップも子供は駄目だったね。

タイトルに戻るけど。

低学歴教育ママ文学ってのはギャンブル放浪記と一緒なんだろうな。

落ちていく美学。

壊れていく美学。

散りゆく美学。


小学4年生の子供を持つ低学歴教育ママによるギャンブル放浪記が首都圏を中心に今年も開幕した。

ダービーに出ることが出来るのか?

負けて馬肉にされるのか?

皆さんとお子さんの成功を心よりお祈りしております。

おわり。