TBSでもドラマ化された城山三郎の代表作。


風越信吾という主人公が、ビックリするぐらい魅力がない。


時代なのかな?


もともと体育会気質っては、僕のいちばん嫌いな世界ですけど。


http://bit.ly/heP7tJ


これがほぼ実話だとしたら、異常な世界ですね。


好き嫌いはこの辺でやめておいて。


この小説を読んでいる時に、人間の価値というのは時代というものに多大な影響をうけるもんだなと思った。

当たり前すぎる話ですけど。


例えば、美人と一言で言っても。


クラスで一番可愛い子を美人と仮に定義しましょう。


40人の中の一番可愛い子。


毎年子供は100万人以上生まれるわけですから。女の子の数は50万人。

それを40人で割ると、1万2500人。


毎年1万2500人もの大量の美人が生まれてくる。


それを人材と言うのなら。


その美人の中にも、上の層と下の層では明らかな差があるし。


上位の層でも。


可愛い美人もいれば、綺麗な美人もいる。


そして時代として好まれる美人が存在する。


以前、1%クラブで書いたように。


上位1%の人材でも。


官僚たちの夏で、風越に評価されるような一生懸命な人材(庭野)

風越が嫌いなスマートな人材(片山)

がいる。


どちらが好まれるかは、単なる時代なんだなと思った。


もう一度美人の話に戻って。


女性の話(思考)はいつもワンケーススタディーなんだよな。


自分と友達を比べて、そして自分のポジションを理解していく。


友達のA子ちゃんは弁護士と結婚して代官山に住んでいる。

友達のB子ちゃんは外資系でバリバリ働いている。


その友達と自分の学生時代の成績とか、男性からのモテ方などで比較して自分のポジションをだいたい理解する。


でも同じ美人でも、学生の時にモテる美人と。

結婚相手としてモテる美人は違うし。


高校時代と結婚適齢期とは、約10年違うから。

時代で好まれる美人も変わる。


まして学生時代の成績なんか。


早慶に入る学生時代は相当に優秀な子でも。

外資でバリバリやれるかとは、全然別問題だしね。


クラスで一番カラオケの上手い子が歌手になれないのと同じで。


結論があるのかないのか分からないブログでした。(^_^;)