テーマを選ぶ時に、このタイトル「結果に対して責任を負う」は。

教育がいいのか。
経済がいいのか。
医療がいいのか。
闇がいいのか。

迷った。

一応、教育にしておくけど。

結果に対して責任を負うという概念は、実は理解することが難しい。

外科医だと、この手術が成功するかどうかに対して責任を追うことは出来ない。
出来る限り努力するとしか言えない。

プロ野球選手が、このチャンスにヒットを打つことに対して責任を追うことは出来ない。
出来る限り頑張るとしか言えない。

でも外科医は手術の成功率に対して、プロ野球選手は打率に対して責任を追わないといけない。
出来る限り努力することを求められるマックジョブと、結果に対して責任を負うスペシャリストの違いはここにある。

結果に対して責任を負うスペシャリストは、その成績によって給料が変わってくるのは当たり前の話。

大企業のサラリーマンでも、スペシャリストは全員結果に対して責任を負う。

結果に対して責任を負わないバックオフィスの仕事は全部マックジョブ。

ある商社が新しい事業を立ち上げることになった。

その事業は、海の物とも山の物ともつかぬものだとします。

その事業の最高責任者は、その結果に対して責任を追う。

そこには当然、運不運の要素が多分に含まれるけど。
それでもそれに対して責任を負う。

その上の上司は、新しく立ち上げる事業それぞれの結果に対して責任を負うのではなく。

自分が管理する事業全体の結果に対して責任を追う。

その上司を管理する社長は、企業全体の結果に対して責任を負う。

結果に対して責任を負うという概念を、専業主婦や学生に落としこむと面白い。

専業主婦で、子供を育てるだけならマックジョブだけど。

子供を東大に入れること、国立の医学部に入れること。
その結果に対して責任を負ってる専業主婦ってのはいるよね。

そして結果の残した彼女たちは、スペシャリストに相応しい待遇が必要だし、それだけの価値がある女性だよな。

その彼女たちに育てられた子供たち。

彼らも、結果に対して責任を負う学生生活を送ったわけだから。

その意味においては、彼らもスペシャリストだと思う。

僕のように、結果に対して責任を負う家庭でなく(要するに一般家庭)、地頭が良いために大した努力もせずに東大とか医学部に入る奴は、勘違いしている部分があると思う。

僕のような地頭が良い組の方が、結果に対して責任を負う組より偉いと。

僕は医者になって結果に対して責任を負うようになり、結果に対して責任を負うという概念が出来るまでその事を疑ったこともなかった。

でも今なら違う考えを持っている。

結果に対して責任を負う組は、地頭が良い組より偉いと。

これからの時代で一番重要な概念こそ。

結果に対して責任を負うという概念じゃないかなと思う。