まあ、分からなくてもない。




高校時代、大学時代の部活は、やる人間もやらない人間もいる。




でも高校受験、大学受験は日本人の全員が参加している最大のイベントであると思う。




俺にとっては時間をかけて最高に面白いネタで書いても食いつきが悪い場合が多く。




受験絡みで書くと、書きなぐりの内容でも食いつきが良い。




この時間帯にブログを書くことがないけど、今暇だからチョット書くと。




偏差値35から受験は、多分こんなことを書いても誰も信じないというぐらい物語だったよ。




今から25年前は、駿台の公開模試で偏差値65は東大の理一が合格確実。




偏差値55ぐらいで東工大が合格確実。




早稲田理工は偏差値が52−65ぐらいで合格確実。




私立は偏差値が高くなるじゃん、




あの時、早稲田の理工と東工大で早稲田の理工を選ぶ奴は殆いなかったから、早稲田の偏差値は55弱だったんでしょうね。




慶応の理工も早稲田のちょっと下って感じでした。




高校三年生の5月の模試で、偏差値35で始まった物語は。




一年後(浪人して初めての模試で)」の5月の模試では、偏差値が75になっていた。




これは東大医学部が合格確実の偏差値だった。




僕はこの時点で、私立理系から国立理系に変更した。




この時点から、社会の勉強を始め、国語の勉強を始め。




国立医学部に合格した。




今酔っ払ってるから書くけど、普通に東大理科三類を狙えるレベルだった。




でも基礎が何もないから、この時点で数学、物理、科学の勉強は全部やめて。




ここから国語や社会を始めたんだよ。




高校三年生のとき、前田の物理という本に出会った。




この本で勉強して、一ヶ月で駿台の公開模試で偏差値が80になった。




偏差値が65で東大医学部が合格確実になる模試で、偏差値が80だよ。




マグレにしても凄いでしょ。




駿台での浪人時代に思った。




伊藤の英語で、英語の読解力がビックリするぐらい伸びた。




そして、予習ってのはこんなに有効なのかと。




勉強の習慣がないレベルだからさ。


ビックリすることばかりだったよ。




あの時、住む世界が違うと思った開成とか筑駒の学生も。




予備校時代にあったけど、現役で入らずに浪人するような奴は残念感満点だった。




一言交わすだけで、コイツらは俺の敵じゃないと思ったよ。




彼らは開成、筑駒の落ちこぼれだからさ。




全然相手にならなかった。




彼らを見ると、ありふれたフレーズが思い浮かず。




伸びすぎたゴム。




大学に入ってからの俺は伸びきったゴムだったかな。




この時点で、麻雀とラグビーと酒とセックスしかしていなかった。




学生時代は地底を這うような学生だったけど、医者になってからはまた輝き始めた。




ナンパでつちかったトーク。




麻雀で構築したリスク管理。




セックスで磨いた技術。




社会になると外科医としてフィーバーしていた。




20代の頃、患者から貰うお布施月に30万を超えていた。




貰うお布施を白衣のポケットに入れいくと、外来中に一杯になるので途中で医局に戻る必要があるレベルだった。




ノータックスの金だけで(内緒)ぐらいにはなるかな。




つくづく思う。




適性のある外科医にとって、外科医の仕事は天国だと。




金も入る。




ステイタスも高い。




やりがいもある。




ノータックスの金も入る。




女にもモテる。




優秀な外科医より安定した仕事は、多分この世に存在しないと思う。