受験の神様の和田秀樹氏が言っているように数学は暗記なんだよね。

少なくとも受験数学は暗記。

でも数学は暗記という為には、気の遠くなるような膨大な記憶量が必要だけどね。

数学にはパターンがあって、その問題はどのパターンを認識するだけ。

数学はそのパターンを暗記する科目だし。

日本史や世界史は年号と登場人物を暗記する科目。

どちらも暗記科目で何も変わらない。

数学を途中で挫折したやつとか、論理的思考が出来ない奴は。

その場で考えるもんだと思っているんだよ。

数学の問題を多く解いて、そしてそれをどのパターン分類するかを自分で決めるとしたら地頭の差がでるけど。

そんなのは参考書とかでパターン分類されてるじゃん。

どの問題を見ても、どのパターンかを認識できるようになって。

それでも試験は制限時間内にするものだから、点数の差がでるんだけど。

そこまで勉強して初めて、俺は数学が得意だとか得意じゃないっって言えると思う。

世の中の90%は勉強量が少ないんだよ。

頭が悪いんじゃなくてね。

そういうトレーニングなしに論理的思考何か出来るわけがない。

論理的思考もパターンの暗記なんだって。

社会人になって話す内容に整合性がない奴を、単純に馬鹿と言うけどさ。

まずもって、勉強の絶対量が少ないと思うな。

勉強の絶対量を増やすという意味において。

受験というのは良い制度だと思う。

推薦で大学はいるような奴は大体が駄目じゃんね。

推薦みたいのがあると、大学の唯一の意味であるシグナリングの意味さえなくなる。

学校歴主義者じゃないけど、早慶、上智理科大未満の卒の人間に接するときは。

勉強の絶対量が足りてない奴、最低限のトレーニングがされてない奴の可能性を考える。

俺は頭がわるいと言う前に、勉強の絶対量が足りてないのかもう一度考えてみるといいよ。

子供に対しても同じことを思う。

成績が良くない場合、俺は頭がわるいからって言うガキはぶん殴れば良いんだって。

上記で書いたように、頭がわるいからって言葉は最低限の勉強量をこなした人間が言う言葉だって。