日本が衰弱して、始めてこの点に関しては池田氏が正しいと分かるのでしょうけどね。


Law and Revolution, II: The Impact of the Protestant Reformations on the Western Legal Traditionいま日本の直面している変化は、人々が自覚している以上に大きなものである。それは伝統的な共同体から日本人が継承した長期的関係によるガバナンスから、近代西欧に特有の契約社会への移行だ。本書は、この問題を宗教史の大家がまとめた大作の第2部である。

第1部では、11世紀にカトリック教会によって西欧文化圏が統合されて普遍的な教会法の支配が成立したことが、近代社会の決定的な要因だったとしている。本書ではそれに続いて、宗教改革によって自律的な個人の契約(covenant)による組織としての株式会社ができたことが、西欧の成功の原因だったと結論している。他方、ファーガソンもいうように、株式によってリスクを分散する契約としての株式会社も重要なイノベーションだった。

近世の欧州で続いた宗教戦争の原因は、経済システムが契約ベースに変わったのに対して、カトリック圏の伝統的文化が適応できず、それが宗派間の争いとして表面化したことにあった。著者が強調するのは、経済的な土台が法的な上部構造を規定するというマルクス以来の図式を逆転し、宗教的文化が法的な規範の基礎となり、それが経済システムの構造を決めるということだ。

ゲーム理論的に見ると、商圏が拡大するにつれてグライフの描いたマグレブ商人(長期的関係)からジェノヴァ商人(契約)への覇権の移行が起こったわけだが、「下部構造」としての宗教が変わらないまま「上部構造」としての経済だけが変化すると社会全体にひずみが生じ、それがイデオロギー対立を生み出す。

現代の日本でも、デジタル革命によって労働者を企業に閉じ込める日本型企業コミュニティの優位性がなくなり、20世紀初頭以降、一貫して続いてきた企業の大規模化のトレンドが逆転し始めている。「クラウド・コンピューティング」によってインフラの固定費がなくなり、契約ベースのビジネスが増える状況は、こうした変化を加速するだろう。

著者も指摘するように、契約ベースの社会は、生まれたときから快適なものではなかった。それは人々を不断の競争にさらし、貧富の格差を広げ、伝統的な社会を破壊する。それを神の秩序に反するものとして攻撃したカトリック教会のイデオロギーは、今日「市場原理主義」を攻撃して貧しい人々に施しを与えようとする民主党に似ている。

しかし経済圏がグローバルに広がるときは、両者の効率の圧倒的な差によって、このシステム間移行は避けられない。それはかつては100年以上にわたる宗教戦争を引き起こしたぐらい大きな変化であり、平和裡に進むとは限らない。おそらく日本でも、もっとも大きな変化はこれから来るだろう。